N.とろける夏
「一期! トイレがシュゴッ! ってなったぜ、驚いた! 知ってはいたが初めて本物を見た。おっ、そろそろ昼か。なあ駅弁食うだろ? どれにする?」
乗り込んだ新幹線の車内で、鶴丸さんはただでさえ大きい目を一層輝かせた。私は呆れたふりで眉を下げる。
「さっき朝食食べたばかりじゃないですか、まだ早いですよ。どこがそろそろ昼なんですか。一応知人の葬式なんですから、はしゃがないでください。いい大人が」
実の所このような無邪気な表情を見せられるとすぐにかわいいと思ってしまうのだが。
「はっはっは、いや、すまんすまん。新幹線乗り慣れていないもんでな。ついついはしゃいじまう」
「旅慣れてるんじゃなかったですか」
俺が若い頃に行ってたのは主に海外だから、飛行機だぜ、そう答えて鶴丸さんはまた車内販売のカタログに視線を落とす。一期は? の問いに、私は粟田口の義父に連れられてそれなりに、と答える。
「違う、旅行経験のことを言ってるんじゃなくて駅弁食うかと訊いてるんだ。貝柱もあるぜ、へえ、くんたまも……」
訊いておきながら答えを待つ気はないらしい。
「自由ですな……」
一週間前、大学時代の恩師が亡くなったと一報が入った。ほとんど同じタイミングで、鶴丸さんが電話を掛けてきた。俺が大学の頃に世話になった人が亡くなったから今週末も逢えない、と説明する。
「実は私も大学時代に可愛がってもらっていた教授が亡くなったと今しがた連絡を受けまして。ちょうど葬儀が日曜なんですよ。断ろうと思っていましたけど、そういうことなら行こうか」
「……俺の方も教授なんだが、まさか」
二人で教授の名前を言い合って、驚きのあまり無言になってしまった。
世間とは案外狭いもんだ。まさか鶴丸さんと私が同じ教授に教わっていたとは。それにしても、鶴丸さんの経歴を考えるとあの教授に教わっていたというのは不思議な気がする。
「児童心理学専攻だったんですか? 鶴丸さん」
「こう見えて教職取ろうと思ってたんだぜ。割と子供は嫌いじゃないんでな」
なるほど。初めて弟たちに引き合わせた時にあの人数の子供に引きもせず遊んでくれたのはそういうことだったんですな。電話口で一人頷く。
「じゃあ、一緒に行きます? 京都ですから遠いですが朝の新幹線であちらに向かって終電の新幹線で帰ってくれば行けないこともないでしょう」
かくして、私たち二人は二週間ぶりの逢瀬を兼ねた京都までの道のりを進んでいる、というわけだ。
「鶴丸さんはバンドやってるんですから、全国ツアーで新幹線ぐらい乗るでしょう」
「きみ、インディーズって言葉知ってるかい……?」
「この間、鶴丸さんが載っていそうなロッキングオンジャパンって雑誌を見てみましたが、載っておりませんでしたな。表紙がバンプオブチキンの号。鶴丸さんはラルクアンシエルに会ったことありますか? うちのすぐ下の弟がファンなんです、ハイド氏の。私は疎いのでそのくらいしか知りませんが」
「あのな? 一期……一期よ……俺のバンドはほぼ趣味なんだぜ? な? インディーズって言葉の意味をそろそろ理解しような?」
喋りながら駅弁を食べて、鶴丸さんはペットボトルのお茶を飲みほした。
「京都の夏は暑いですから、水分補給しっかりしましょうね」
いつもなら大抵白いだぼだぼのTシャツ(本人に言ったらビッグTシャツと言えと怒られた)や若い男の間で流行っているつばの広いフェルトハットを着たり被ったりしているので下手したら十代から二十代前半に見えてしまうのだが、今日は見慣れない喪服に身を包んでいるせいでビールを買っても年齢確認をされていなかった。
暑いと言って、新幹線の中ではジャケットを脱いでシャツの袖を捲っている。
こうしているとサラリーマンのようには見えるが、それでも実年齢を教えたら大概の人間は目を丸くするだろう。
京都駅からタクシーで恩師の家に向かう。
家は古びた日本家屋で、庭も広く家の周りにも竹林が広がっている。鶴丸さんもタクシーの中で脱いでいたジャケットを着て、玄関で葬儀社に荷物を預けると数珠を手に取った。
白い首が深い黒の衿に縁どられ、いつもより華奢に見える。後ろ髪の毛束がうっすらとかいた汗で首に貼りついている。鶴丸さんはそれを細い指の先で掬い取った。わずかなざわつき以外には、竹林を風が抜ける音とミンミンゼミの鳴き声しか聞こえない。
抹香の匂いを纏って、鶴丸さんがこちらを振り返った。
「一期……こっちだ」
ひそめた声まで美しく、不謹慎ながら淫靡でたまらない。喪服や未亡人や人妻や、そういったキーワードは嫌いではないしむしろ大好きな方だが、現実の葬式に来てまで興奮してしまうとは思わなかった。私は馬鹿か。
遺体が安置されている部屋で、教授の娘さんや親戚の女性が参列者を出迎えている。
親戚同士長々と挨拶を交わす彼らに代わって二人を案内してくれたのは葬儀社の人だった。先生が大往生だったというのも手伝って、親戚が集まり和やかに歓談する場になっている。
経が読み上げられて、随分幼い頃に経験した自分の父の葬式を思い出す。
「ええと……すいません、焼香って二回でしたっけ」
「なんだ、きみ葬式に行ったことないのかい? 二回で合ってるぜ。俺の見てな」
「父の葬式ぐらいしか……鶴丸さんはあるんですか」
「あるよ。きみより長く生きてるからな。葬式も結婚式もたくさん行った」
隣に座った鶴丸さんが先に焼香に立つ。抜けるように白い鶴丸さんは私と合わせて目立ってしまっていて、前列の大学関係者たちがざわついた。五条さんだったか、鶴丸さんだったか、先生の教え子だとか……そんな声が私の耳に入る。
開け放たれた縁側の窓から風が吹き込んで、鶴丸さんの柔らかい髪がなびく。張りつめた細い背中はやっぱり美しかった。作法を盗み見たおかげで私も落ち着いて焼香を終えられた。私のことは大学関係者から近親者の耳に入っていたようで、派手な髪色についても後ろ指差されることはない。
「では皆様で最後のお別れを……」
出棺前に棺の中に花を入れるのだが、私はそれが苦手だった。記憶さえおぼろげになっているのに未だに人の死に顔が怖いのだ。それを察した鶴丸さんが近親者に囁く。
「一期は幼い頃に父を亡くしていて、教授に父の面影を重ねていたんだそうで。色々思い出して辛いようなんで、お別れは見逃してやってくれませんか」
棺から離れた場所で鶴丸さんを見つめる。葬式も結婚式もたくさん行った、か。歳の分だけ、別離も喪失も経験している。私よりずっと。先ほどの新幹線の車内とは違って大人しくしているためその佇まいは見た目の通り儚げで、不意に不安に駆られた。歳が上だということは、私より先にここからいなくなるのだ。この人のことだ、きっと何にも遺さずに、あっさり死ぬんだろう、そう思うと怖くてたまらなくなる。
鶴丸さんは用意された料理とビールに少し手を付けて、親戚同士で盛り上がる年寄りたちの皿を片付けている女性に煙草を吸える場所を訊いていた。
私は自分も煙草を吸おうと縁側に置かれた灰皿を目指したが、すでにそこには喫煙者の人だかりができており、鶴丸さんの姿はなかった。携帯灰皿を持っているから裏庭にでも吸いに行ったのかもしれない。
庭は裏山の竹林と境目なく繋がっている。捜し歩くと夏の日盛りの中浮かび上がる白い影があった。
「鶴丸さん」
「一期、きみも一服しに来たのかい? ここ、涼しいかと思ったら全然風が通らないんだな。汗が噴き出てくる」
滲んだ汗が頬を濡らしている。ああ、生きている、純粋な喜びと共に、身体の奥からむらむらと欲情がせり上がってきた。
「鶴丸さん……」
縋るように抱き着く。黒いジャケットからは線香の古めかしい香りがして、その更に中へ鼻を擦り付けると本来の鶴丸さんの体臭であるベビーパウダーの匂いがした。鶴丸さんは私の真意に気付かず、困ったように眉を下げた。
「一期、どうした? 暑くて気持ち悪くなったか? 布団に運ぼうか?」
なおも甘えて無言で首を振る。鶴丸さんは苦笑して私を薄い胸に抱きとめる。
「大丈夫だ、きみは死なないよ。大地震でも火事でも必ず俺が救い出してやるし、病気になっても最先端の高額医療を受けさせてやる。俺は泳げないけど水害があったら俺の身体に掴まって浮いてりゃいい。何があってもきみは死なん。誰の死に顔を見ても、自分の死に怯えることはないんだぜ」
私は鶴丸さんの見た目を裏切る強さを存分に知っているから、この男前な台詞もあながち嘘ではないと思う。宥めるように頭を撫でてくれた。彼を抱いている私でさえこれにはときめくし正直女子ならひとたまりもないと思う。こういう所は本当に格好いい。
しかし、残念ながら二重に的外れだ。私が怯えているのは自分の死ではないし、今はただ単純に喪服姿の鶴丸さんに興奮して擦り寄っているだけなのだ。
「それでは鶴丸さんが死んでしまうじゃないですか……」
「うん? うーん……寂しいかい?」
「当たり前です」
「そうか。そうかぁ……よし、じゃあ水に襲われても助かる驚きの方法を俺が考えておこう。大丈夫だよ、はは、きみかわいいな。よしよし、いい子いい子」
胸の中から上目使いに見上げると鶴丸さんは私にきゅんきゅん来ているのか、嬉しそうに破顔していた。肩に頭を押し付けると、赤ん坊を寝かしつけるように背中をぽんぽん叩いてくれる。本人も気づいていないようだが表情が変わり、物腰が優しくなる。
いけそうだな。
そのままぎゅっと抱きしめて、首筋に顔を近付ける。湿潤した柔らかな皮膚。決してきつくはないがほのかに漂う汗の匂い。ぐいぐいと身体を押し、慌てる彼を後ずさらせて竹林との間に生えた大木まで追い込んだ。鶴丸さんは私に抱き締められたまま、大木を背に困惑している。ふ、と笑って滲んだ汗を舐めた。
「きっ、きみ何して……! やめろ汚い!」
「しー、静かに。人が来ますよ」
鶴丸さんはベンチで寝るのは平気なくせに、妙な所で潔癖だったりするのでこういうプレイは特に嫌がる。潔癖と言っても病的なものではなく、きれい好きという程度のものだ。
虫は苦手だったし、砂で遊んだ後も必ず風呂に入るらしいし、食器やペットボトルも出しっぱなしにせずまめに片付けている。白い服が好きなのも見た目との調和が取りやすいというだけでなく汚さずに着られる自信があるからだ。
私はそれをわかっていてあえて汗に濡れた耳を舐めた。水音も刺激になって、感じるのか鶴丸さんの顔は一気に赤くなった。
「やめろ一期、汗くさいだろ……汚いから、あ、やめ……」
「ええ、汗臭いですな」
ぶわ、とおでこの先まで赤みが差して、眉が下がり目が潤む。要するに私に臭いとか汚いとか美しくないと思われるのが恥ずかしいのだ。
「だったらやめろ」
「なぜ? 恥ずかしいですか? こんなにぐっしょり汗をかいて、それを私に見られるのは……」
「決まってるだろ、こんな……みっともない」
身じろいで逃げようとするが、両腕をがっちりホールドして逃がさない。スラックスの中の勃起をぐいっと押しつけて、ここで抱きますよ、と教える。鶴丸さんは完全に涙目になった。
「待て、待ってくれ、外でなんていやだ、だってここ、人が来るかもしれないんだぜ? 正気かよ、なんかっ、虫いるし、スーツ汚れるし、なあ、一期、俺やだ、外やだ……俺、汗かいてるから、いっぱい……絶対臭いし」
懇願に耳を貸さずジャケットのボタンを外しシャツのボタンも毟るように外す。シャツの中に手を突っ込んで、毛のほとんどない脇の下に触れた。
「どこ触ってるんだ!」
「はは、脇汗もぐちょぐちょですな。恥ずかしいですね」
意地悪く囁いてやれば嫌そうな表情を作るわりにスラックスが緩く持ち上がってくる。プライドが高いから、苛められると怒るくせに身体は反応してしまう。
「鶴丸さんはMですよね。恥ずかしいと興奮してしまうでしょう? 勃起してますよ?」
「ちが……いち、ほんとにやだ……こんな所でしたくない」
じゃあ舐めてあげます、とベルトに手を掛け焦る鶴丸さんを無視してスラックスをずり下げ下着も下げて手で何度か扱いた。
「やめろ! だめだ、いち! 風呂も入ってないから、汗かいてるし、さ、さっきトイレ入ったし絶対やだ絶対無理気持ち悪い! 臭いとか思われたら生きていけないからやめてくれ、なあ、本当恥ずかしいから、いち」
「暴れないでください、トイレに行ったのだって何時間も前でしょ、大丈夫ですよ。消毒されてますって自浄作用で」
「でも汗、汗が……っ、くさいだろ」
有無を言わさず口に入れた。本人が怖がるほど臭いはなかったし、味もいつもとさほど変わらない。
「汗の味ですな……はっはっは、大丈夫ですよそんなに怯えんでも。少し臭いぐらいが興奮する性分なんです」
「やだ、やっ……いち……」
涙目でいやいやするのがものすごく下半身に来るので嘘をつく。よほど恥ずかしいのかシャツの間から覗く胸元まで赤くなっている。興奮しているくせに。いちゃついている時とセックスの時だけ、甘い声で『いち』と呼ぶのが鶴丸さんの癖だ。無意識に呼び方が変わっている時点で気持ちいい証拠なのである。口を窄めてぬるぬると唇で扱いてやると、肩に置いた指先にぐっと力が入った。
「あ、あ、あ、出そう、離せ、離せって、ああっ、出る、ぅ」
口内に射精しないよう、私の身体を剥がそうとしていたが快感で力が抜けている鶴丸さんには無理だったようだ。内腿を震わせながら私の口の中に射精した。
「はあっ、あ、あぁ……」
私は見せつけるように鶴丸さんの精液を飲み下して見せた。膝を震わせながら、鶴丸さんは視線を下に落とす。勃起したままの私のものが目に入るはずだ。
「……きみはいいのかい」
「え?」
「フェラ、してやろうか。その代わりフェラで満足しろよ、ローションもないんだ、ここで最後までしない、いいな?」
「はいはい」
今までだって潔癖のきらいがある鶴丸さんがフェラチオしてくれるなんてこと滅多になかったのに! 私は喜び勇んですぐさま自身を取り出した。小さな口に押し込めるように含んで、じゅぷじゅぷ音を立てながら舌先で先端をくすぐり、唇で裏筋を擦る。
「ひもひいいは、ひち」
「あ、あっ、しゃぶりながら喋るの、やめてください……ん、いいです、そこ」
「ひみがひもちいいなら上々、だな、んっ」
「もう、出ます、あ、口の中にっ、出しますよ!」
「んぶっ、う、ううンン!」
口を離し噎せて吐き出そうとするので、口を手のひらで塞いで上を向かせる。動物に薬を飲ませる時の要領だ。鶴丸さんは何度かえずいて苦しげに眉を下げ、滲んだ涙を一筋零した。
「ちゃんと飲まないとだめですよ? ほら、ごくんして……?」
小さな喉仏が動くのを見て、ようやく私は手を離してやった。鶴丸さんは大げさに噎せながら、苦い、まずいと喚いた。
「きみなァ! そういやきみの持ってるAV、ザーメン飲むやつばかりだったよな!」
「はは、すみません、そういえば鶴丸さんのオカズはなんの驚きもないのばかりでしたな。あんなのでよく抜けますね」
「うるさいぞ、女優で選んでるんだ俺は」
腕を引き寄せて長い長いキスを仕掛ける。腰が砕けてとろけるような丁寧な口内への愛撫だ。
「苦くなくなりましたか?」
「ん……いち」
普段は年上としての矜持もあるし、性格も男前で包容力がある鶴丸さんなのに、優しくキスされるとうっとりしてしまうのだから、かわいらしくてたまらない。
「もうちょっと気持ちいいことします? 少し触ってあげましょうか。どうします?」
我ながら意地の悪い提案だ。うーうー唸りながら、口に出してねだるのをためらっている。
「したい?」
鶴丸さんは上目使いに私を見て一度だけ頷いた。後ろ向きに木に手を突かせる。
「うわ、蟻がいる」
「いるでしょうよそりゃ。ほら集中して」
シャツを大きく開き、あらわにした乳首を両手で捏ねる。鶴丸さんの乳首は痩せているせいか大変小さいが、こうしてクリクリ弄ってやれば硬く尖ってくるのだ。
「……っ、ん」
首筋に吸い付き汗を舐め、尖った乳首を指の先で柔らかく擦り、撫でる。あまりきつく愛撫すると赤く腫れて痛々しくなるので最近はこうして緩やかに性感を与えてやることに凝っている。鶴丸さんは呼吸を荒げ、耳を赤く染めていた。
「はあ、あっ、んん」
乳首感じますか? 気持ちいい? 耳元で囁くと、思いの外素直に答えが返ってくる。
「かんじ、る」
ここ最近忙しく、お互いに逢う時間すらとれなくてセックスはだいぶご無沙汰だった。
「最初はあまり感じなかったのに、もう今じゃ乳首で女の子みたいに感じるようになってしまいましたなあ」
私のしつこい開発の賜物である。幼子のような乳首をやわやわと指先で突いたり、爪で弱く掻いたりすると、鶴丸さんの膝が小刻みに震えだす。
「んん、っ……ち、乳首はっ! きみだって感じるくせに!」
「ははは、そう怒りなさんな。下も触ってほしいですか?」
答えを待たずに先走りで濡れた亀頭を手のひらで包みぐりぐり擦った。
「あ、あ、だめ、だめ、それだめぇ、ああん、いや、いや」
左手は勃起した乳首をきゅっと抓み、くにくに虐める。
「や、あ……あァンッ! いち、だめだ……い、きそ……」
「おっと、まだですよ」
スーツが汚れますから脱いでくださいと促す。鶴丸さんはちょっと触るだけだと言ったろう、と怒っている。
「では二人とも勃起したまま教授の家に戻りますか?」
「あ、いや……それは、でも本番はしたくない! 痛そうだからな……」
私は鶴丸さんの唇を舐り舌を絡ませ、提案をした。
「では、素股はどうです? このまま帰るのはあまりにも切ない。私しか気持ちよくなれないかもしれませんが、挿れませんから、太腿を貸してください……」
「……きみそこまで粘るのかよ、驚きだな……」
しばらく眉を寄せて逡巡している。私は懇願するようにじいっと鶴丸さんを見つめた。
「わ、わかった。わかったからそんな子犬みたいな顔するなって」
鶴丸さんは私がかわいらしくねだったことを突っぱねたためしがない。ふふふ。ちょろ丸国永ですな。汚れてしまうし脱ぎにくいから、と鶴丸さんは革靴を脱いで、色気のない紺の靴下を脱いでからスラックスとまとめて木の枝に引っかけた。シャツから少年のような真っ白い足がすらりと出ている。素足で土を踏みしめるのは久しぶりなようで不快そうに眉を潜めた。
「パンツも脱いでくださらないと」
「うるさいな、せかすな」
ぴっちりと足を閉じさせて、先走りでぬめった私のそれをこじ開けるように股の間に挿入する。萎えさせぬよう、手を伸ばし鶴丸さんのを同時に扱きながら。ローションもないので溢れだした鶴丸さんの先走りも手に取って潤滑剤の代わりに塗りつける。
「っ、鶴丸さん、これ、結構、気持ちいいですな」
「そうかい。俺は特に……っ、ん、はぁっ」
「そうですか? 外からでもここ、ぐりぐり擦られると気持ちよくないですか?」
硬く育ったものを押しつけるように会陰に当てる。ちょうど前立腺のある辺りだ。逸らした肩をびくつかせ、口から微かな喘ぎを漏らす。
「ぅ、んっ、んん……ふあ、ぁっ! あッ!」
思惑通り、感じているようだ。ぐちゅぐちゅ猥雑な音を立てて、前も同時に責める。内腿が痙攣し、無意識なのだろうが腰が上がってくる。私は身体を固定しようと癖で鶴丸さんの下腹を押さえた。
「ひっ! あ、ちょ、待てっ……いち、待って……っ」
ぐりぐり先っぽの穴を擦る。鶴丸さんは木に縋り付いて私の手から逃れようとした。
「あぁ、んっ! 離せ、離して、すまん、俺……っ、トイレ行きたい」
大ならさすがに、と思ったがどうやら新幹線の中で飲んでいたビールと精進落としのビールが効いているらしい。小用なら構わない、いやむしろ、見たい。
「はい? この状態で待たせると? 冗談じゃない、ここでしてください。私の見ている前で」
暴れて逃れようとするが私はそれを許さない。口汚く罵る言葉がやがて懇願する言葉に変わった。
「全部脱いでるんだし、濡れませんから。男同士ですよ、立小便見られるぐらいなんてことないでしょう」
「そんな、わけあるか、あ、あっいち、離せよ、漏れそう……なあ、お願い」
「ああかわいい、そんな泣きそうな顔で頼まれては余計に意地悪したくなります」
下腹を押さえる手に力を込めてやった。快感で頭が回らなくなっていた所に加えて用を足すことで頭がいっぱいになっている鶴丸さんは、年上の余裕も男らしさもかけらも感じられない仔猫のような声で叫んでいる。
「いやだ、いち、おしっこ出る、もう……おしっこでちゃう、離せ、手、汚れる……っ! ああ、漏れちゃうぅ」
「外で立小便しちゃうなんて鶴丸さんはいけない大人ですな……」
「ごめんなさい、やだ、ああぁ、おしっこ……もれる、もれちゃ……あ」
私は鶴丸さんが逃げないように後ろから両手首を掴んで拘束した。萎えた陰茎の先から小水が漏れ出て、真っ白い太腿を伝って地面に零れた。
「みるな、みないで……うっ、う、まだ出る、一期頼むから目つぶってて……ううう」
「あーあ、いっぱい出てますね……おしっこ気持ちいい? ちゃんと答えたら目を閉じてあげますよ」
「うぐ、うぇえっ、ひっ、おし、っこ、きもち、いっ……止まんね……っ、止まんない」
肩を震わせ嗚咽しながら、鶴丸さんは小水をすべて出し切った。よほど恥ずかしかったのか、顎を掴んで振り返らせると頬が涙でぐしょぐしょに濡れている。
「ひっ、う、うう、ぇっ、あし、が、ぬれっ……いちの、ばかやろ、おっ、おれっ」
「ちょっと! 大人なんですからなにも泣くことないでしょう」
自分にサディスティックな性嗜好があったと鶴丸さんと付き合い始めて気付かされた。頭を撫でてやりながらも、痛いぐらいの勃起をその細い腰に押し付ける。
「恥ずかしがる鶴丸さん見て興奮してしまいました。そうだ、ティッシュなら持っています、拭いてあげますよ」
「もういい、自分で拭く」
「だめです、みっともなくお漏らしした鶴丸さんは黙って立っててください」
拭いてやりながらも言葉責めを続ける。
「素股が気持ちよくておしっこしたいの忘れたんですか? はしたないな」
やはりMっ気があるのか。私に責められて鶴丸さんは腕で顔を覆い隠しながらも再び勃起し始めた。震える腰を引き寄せ、半ば強引に後ろに指を入れる。
「んあっ、あ、ああん! し、しないって! 言ったっ、うそつき」
「挿れてほしくないですか? また素股にします?」
指でくちゅくちゅと前立腺を擦りながら意地悪く尋ねる。
「ひっ、あッ! あんっ、いち、いちご、いちごぉ」
内襞は歓喜の声を上げて私の指にきゅうきゅうと吸い付いてくる。鶴丸さんはやっと泣き止んだのに今度はよだれを垂らしている。首筋は汗で濡れて光って、全身が液体になってとろとろと溶けていくようだ。なじるような声は私に甘えるような鼻にかかった喘ぎに色を変えている。
「ね、鶴丸さん。挿れてほしいでしょう? 私ので奥までいっぱい突いてほしい?」
鶴丸さんはぐすっと鼻を啜って、うん、と素直に頷いた。
「ん、いい子です」
うなじにそっとキスをして、腰を突き出させ、先走りでぬめった状態のそれを宛がい、ぐぐ、と腰を押し付けた。さすがに潤滑剤も何もない状態で入らないかと懸念したが、鶴丸さんが意識して大きく息を吐くごとに段々それが中に飲み込まれていく。
「は、あっ、あ、はあっ、あああ、あっ」
「入って、いってます、よ」
「っ、いたい、痛いっ」
「ごめんなさい、痛いですね……抜きますか? やめます?」
ぷるぷると首を振る。あれほど屋外で挿入されることを拒んでいたのに。いっそ奥まで一気に挿れてしまえば、後は馴染んでくれるんじゃないか、そう考えて
「一旦奥まで挿れます、深呼吸して、後ろ広げてくださいね」
と耳元で囁く。
「んん、ぅ、ん」
頷きながらも具体的に言われて恥ずかしいのか、じわっと耳の縁が赤くなる。ぐっと奥まで入れると細い肩が揺れ、背中が大きく反った。
「っ、上手ですよ、少し緩くなってきた、まだ痛い?」
「いた、いっ」
薄い腹で私のそこそこに大きなものを受け止めさせているのがかわいそうになり、手を伸ばして下腹部をさすってやった。
「痛いですよね」
「あ……? っ! ま、待て」
ぎゅうううう、と内側が激しく収縮し私自身を締め付ける。絞られ痛いぐらいだ。
「ちょっと鶴丸さん、これじゃあ動けませんぞ」
「だっ、だって」
私に優しくされるのがたまらなく好きなんだろうなあ、それでいて意地悪を言われても潤んだ目で見つめ返して来るし、甘えられれば母親みたいな笑顔を向けてくれる。こんな反応を返されたらうぬぼれてしまう。うぬぼれて、気持ちよくて、抜け出せなくなる。温い底なし沼にずぶずぶはまっていくようだ。
「だいぶなじみましたね、動きますよ」
「ん、ゆっくり、してくれよ」
腰をゆるゆると動かし、ずるりと陰茎を引き抜いてまた腹側を擦り上げるように挿入する。鶴丸さんはぎゅっと唇を噛み締めている。誰かが近くの林道を通れば気付かれてしまう可能性があるから。
「んんんんっ」
喉の奥から零れる喘ぎがかえって切なげでたまらない。
「きもちいい、ですか」
腰を打ち付けながら身体を支えるついでに両方の乳首を可愛がる。
「あっ、あ、あっ! や、だ、声出ちゃ……」
「大丈夫、誰も、通りません、よっ!」
これでも噛んでおいてください、と自分のネクタイを噛ませてやったが、それがまた嗜虐心を煽り、腰の動きは一層激しくなった。すぐにネクタイを口から離してしまう。
「ああああっ、おく、おく……だめ、ああッきもち、い、きもちいから」
奥気持ちいいの? と耳元で低く囁いてやれば挿入直後なのに微かに精液を溢れさせた。
「軽くイッちゃいましたね。すごく感じてる、外だから興奮してます?」
鶴丸さんは息も絶え絶えに久しぶりだから気持ちいいと打ち明けた。さっきもAVの話をした。一応隠してくれてはいるようだが、鶴丸さんも普通の男並みに定期的に抜いているはず。だから性的刺激自体は『久しぶり』じゃない。
私に触られることに感じているのかな。かわいい……。かわいい、かわいい、と思うほど、胸がきゅんとするのに応じて身体の中心に熱が注がれ、それは固く質量を増していく。
「あっ、ああっ、かたいっ、なんれ……っ」
「つるまるさんが! かわいい、からっ」
「あァっ! はぁあんっ! あんっ……!」
びくびく身体を痙攣させ、女の子みたいな甲高い声が恥ずかしいのか、誰かに聞かれるのを懸念してか、鶴丸さんは必死に両手で口を塞ぐ。
「ひんっ、ひっ……んんっ、あん、あっ」
蕩けるような、快感に翻弄されて泣き出すような声で喘ぐ。
「やだ、やだあ、こえ、とまんなっ」
「聴かれたらまずいですな、声が出そうな時はっ……私の、名前を呼ぶのはどうですか」
我ながら馬鹿なことを言っていると思ったが、理性が瓦解している鶴丸さんは私の名前を呼んで喘ぎ始めた。
「い、いちっ、あん、ひっ! ああ、いちっ、いち、いちぃ……あっあっあっ……い…っ」
「は、っ、つるまるさんっ、いきそう……いきそうです」
細い腕を掴み、奥を強く突き上げる。
「いちっ、ああ、いちご……! あ、あ、あ、あ、いく、いく、いくっ」
突きながら軽く鶴丸さんのそれを扱いた。とぷ、と温かい白濁が私の指を汚すと同時に痙攣するように内襞が蠕動し私の射精を促した。
「っ、いく!」
「おく、あ、あついっ、いちの、中にでてる……あ、あん」
ずる、と引き抜くと飲み込み切れず溢れた私の精液が鶴丸さんの太ももを伝って零れてきていた。余韻を楽しむのもそこそこに鶴丸さんは慌てて木に引っかけてあった下着とスラックスを穿き、よろよろと靴下と靴を履いた。
「うう、犯された。変態、変態一期、ばか、スカトロ野郎、へんたい」
「ひ、人聞きが悪いですな! 悦んでいたじゃないですか!」
人の足音が近付いてきた気がして、二人して息を呑みこむ。こんな所で喚いていては観光客に見つかってしまう。慌てて声を潜めるといつもの好青年の表情を作って教授の家の中庭に戻った。
「ああ、鶴丸さん、御姿が見えないので心配していたんですよ。粟田口さんと一緒だったのね。お煙草?」
「はい」
あちらでみなさんまだお食事しているのでお帰りになる前にもう少しつまんで行って、と手伝いに駆り出されている教授の親族の女性たちに囲まれ促されて、私たちは再び座卓の前に座った。
「教授とはどういった繋がりで?」
正座から身を乗り出し、向かい側の親族にビールを注ぎながら教え子ですと鶴丸さんは端的に答えたが、その直後、かあっと耳と目の下を赤く染めた。眉を下げ、目を潤ませて
ジャケットの裾をくっと掴む。無意識に臀部を隠そうとする仕草。
「俺……僕が学生の頃とてもお世話になって、それからも時々……っ、相談に乗っていただいたり、していて」
私はその恥じらうような濡れたような表情を見ていて瞬時に察した。さっき私が身体の中に注ぎ込んだ精液が出てきてしまったのだ。
「へ、へえ」
簡単な言い方をすれば、エロい顔で親族に教授との思い出を語っている。東京の別宅に遊びに来たりしたこともあり、御長男の奥さんとは面識があるようだ。寿司のおかわりを用意するため、親族の女性が二、三人その場を離れた。耳がいい鶴丸さんには聞こえているだろう距離でこそこそ話している。
「あんなに色っぽい顔でお義父さんの話するって、何か色っぽい関係だったんじゃないだろうね?」
「まさか、鶴丸さん男でしょうよ」
「いや、だってあんな綺麗な子だったら、わからないわよ……かわいい快活なタイプかと思っていたけどなんだかこう見ると、やたらに女性的な色気があって」
「やめてよ……ああ、確かに美人だね……あの人なら男の人でもわからないよね」
やはり聞こえているのか、きみのせいだぞと言わんばかりの射殺すような目線を向けられる。
作り笑いを浮かべて鶴丸さんが席を立った。慌てて後を追い掛ける。さすがに申し訳ないことをしたか。フォローせねばな。廊下で待ち伏せし真後ろに付いて
「鶴丸さん、すいません。中出しするつもりはなくて」
とこっそり囁く。鶴丸さんは呻り声を上げてしゃがみ込んだ。
「腹が痛い」
「え?! だ、大丈夫ですか?」
横に跪いて腰をさすりながら声を掛けた。鶴丸さんは苦しげに眉をしかめ腹を押さえて唸っている。
「え? え? 今まで粗相して中に出した時も平気だったでしょう? 体調悪かったんですか? 大丈夫? 苦しいですよね、ああ、どうしようか」
「一期、痛い……」
廊下に倒れ込みそうになる。荒く息を吐く鶴丸さんを心配しながら勃起しそうになるのを抑え込む。
「申し訳ない、こ、こんなはずでは、ちょっと待っていてください」
親族の女性に泣きつくと奥の六畳間に通夜に出た遠方の親族が使った布団が片付けきれずに敷きっぱなしになっていると教えてくれた。ふらつく鶴丸さんを寄り掛からせ腕を掴んで何とか布団に運んだ。
「何を飲ませればいいんだ、正露丸か胃腸薬か……大丈夫ですか、辛そうだ……」
二人きりなのをいいことに手を伸ばし腹をさすってやると鶴丸さんはくすぐったいと笑い出した。
「はっはっは、すまん、一期、すまん、嘘だ! 腹が痛くなったってのは嘘、驚いたか?」
「はい?!」
ひとしきり笑った後に、困惑する私に視線を向け、ふと恥ずかしそうな顔で小さな口を尖らす。
「なんでそんな嘘をつくんです。無理矢理したのがそんなに嫌でした?」
「いやいや……うーん……こうでも言やあきみと二人になれると思ってな」
私は無言で鶴丸さんににじり寄った。急に迫られ鶴丸さんはうろたえながら説明する。
「早い時間に葬式が終わるとわかっていたから早々に切り上げてこのまま京都観光に繰り出そうと思っていたんだ。なのにきみが盛るから! スーツも汚れたし……このところずっときみは仕事が忙しくて、俺もライブがあったし、二人で過ごすのも随分久しぶりだったのに……」
「そ、それで少しでも二人きりになりたくて……?」
上目使いに私を見て、答える代わりに仮病で騙したことを繰り返し謝った。
「どこに行くつもりだったんですか」
「伏見稲荷から一駅、二駅だったか先に藤森神社って古い神社があるんだ。そこが馬と勝運の神社らしくてな、競馬運上昇のために一度参っておこうと思っていた。去年の有馬記念散々だったからな。参拝客の少ない知られざる神社らしいぜ。紫陽花の時季にはそれなりに賑わうらしいが今時期は閑散としてるだろうな」
どうせなら伏見稲荷に行けばいいのに。
「そんなマイナーな神社に行くより伏見稲荷の鳥居観に行きましょうよ、私八坂神社にも行ったことがないので行ってみたいです」
「……察しが悪いぜ。そんな観光名所男二人でのんびり歩けないだろう」
「えっ」
「……聞き返すなよ」
ああ! なんという……! 私は思わず鶴丸さんを抱き締めた。
「二人で出掛けるのだって随分久しぶりだろ! 俺なりに楽しみにしてきたんだ! ガイドブックも買ったし……静かな神社なら……一瞬、手を繋いで歩くぐらいは、許されるかと……そう思ってたのにもう今からじゃ神社なんざ閉まってる」
「それは残念ですな」
「だからせめてゆっくり顔見て、こう……その……」
「いちゃいちゃしたかった?」
「いちいち訊くな! 帰りの新幹線はきみが取ったろ? あーあ、川床で食事もしたかったし嵐山にも行きたかった。きみと旅行するなんて滅多にないから俺としちゃあかなり期待してたんだぜ」
薄い唇を食むように軽いキスをして、私は鶴丸さんに頭を下げた。
「あのう……すみません鶴丸さん、実は、驚かせようと内緒にしていたのですが、駅の近くにホテルを取っているんです。明日明後日と休みをもぎ取って……ですので明日一日観光しましょう。その何とか神社にも行きましょう」
鶴丸さんは金色の目を見開いて、私を見つめた。
「あ、私の着替えも持ってきていますし、鶴丸さんの着替えもシャワー浴びてる隙に盗んで持ってきていますから大丈夫ですよ。驚きました?」
鶴丸さんは観光できない寂しさを洗いざらいぶつけてしまったことがよっぽど照れくさかったのかしおしおと布団に突っ伏してしまった。私はスマホで穴場の神社を検索する。
「ふふふ、旅行楽しみましょうね。ああ、ここなんてどうです、粟田神社。旅行の安全祈願だそうですよ。聞いたこともない神社だ。観光客も少ないでしょうから、男同士でも手を繋いで歩けますなぁ……」
耳と首が真っ赤になっている。照れたせいで汗が噴き出したのか、首筋が濡れて光っていた。ヒグラシが鳴き始めるにはまだ早く、風情のないミンミンゼミの声ばかりが聞こえている。
「うるさい、あああ、くそっ! こんなはずじゃなかったのに……」
クーラーの利きにくい客間でじっとしていると盆地の京都特有の蒸されるような暑さが襲ってくる。開け放たれた障子とガラス戸の向こうには、青い紅葉や苔の庭が額縁に縁どられたポストカードのような庭園が広がっている。
「私は鶴丸さんが生きてるってことが嬉しいんです。だから、汗も、涙も唾液も、なにもかも尊いものだと思っているんですな。それで、生きている証を私に見せてほしくなった。鶴丸国永さん、あなたが……この世界に私と共に生きているという証を」
「一期……そんなに俺を! 無理矢理小便させられたのも愛だったっていうのか! ってなるか馬鹿野郎。変態は変態だからな」
肩にパンチを入れてきた。その後みぞおちにも拳が入る。
「いっ……! そんなに怒らんでもいいでしょうに」
冷ややかな鋭い視線で睨まれた。今度は素直に謝る。鶴丸さんはため息を一つついて
「暑くて起こる気も失せたぜ」
と呟いた後、私の首に手を回して川床で懐石、獺祭くらいは奢れよ、と続けた。
「もうボーナスでエアコン買い替えちゃいましたよ」
「来年でもいいぜ。川床で高級和懐石、鱧と冷酒だからな」
軽口を叩いて悪戯っぽく笑う。大人びた余裕の表情がまた少年の顔に変化する。
「わかりました、その代わり今夜は覚悟してください」
滲んだ汗ごと、首筋に甘く咬み付いた。こんなはずじゃなかったのは私も一緒だ。幼い頃描いた人生設計では、私は清楚で淑やかな、胸が大きい女性と結婚している予定で、すべてが薄べったい男とセックスをしているはずはなかった。
鶴丸さんがいる現実は夢見た安寧とは程遠い。けれど、うなじを流れる汗も、熱い息も、一秒、一秒、夏の日盛りに揺れる花のように変わる表情も、すべてが私を惹きつけ、離そうとしない。鶴丸さんが、私の額に手を伸ばし汗を直接拭う。
白い身体の背景には濃い青色の空と燃えるような百日紅。ああ、鮮烈な現実だ。
この人と一緒ならうだる暑さの夏も悪くはない。