J.Hush!!
粟田口一期は、気を紛らわす為に開いた文庫本を読み進めようとして、何度も目が滑ってしまう自分にいい加減辟易し、長い溜息を吐いた。昼休み、教室の隅で文庫本を閉じて、机の上に上体を倒す。頬に触れる、机のひんやりとした感触が心地よかった。特に意味もなく目蓋を閉じる。何かと騒がしい同級生の声を背景音楽に、脳裏に思い浮かぶのは歳上の恋人の姿であった。
学内は文化祭の準備で静かに色めき出していた。秋の始め、四日間に渡り開催される文化祭は、この学校が年間を通して一番力を入れている行事である。もう既に実行委員会は動き出しているし、出し物についての計画も立案され始めている。恋人は、その文化祭の実行委員長なのだった。ただでさえ彼は、教師からも生徒からも信頼が厚い、有能な人間なのである。そのくせ自分で動きたがるので、人の倍駆けずり回っているのだろう。実行委員長に選任された時に会う時間が取れなくなると思う、と散々言われたけれど、言われたけれども。
二週間だ。まだ文化祭は何ヶ月も先なのに、会議がどうの、許可がどうのと二週間まともに会話していないし、会ってもいない。夏季の長期休みを利用して何かをする所もあるらしく、取り決めを予め実行委員会で話し合って、作らなければならないらしい。
送るメッセ―ジに既読は付くけれど返事はまちまちだし、電話も取り合ってはくれるけれど、眠たげな声に申し訳なさが募ってしまって、長くは続けられない。疲れているのは百も承知だから、無理に会おうとは言い出せなかった。我を張りすぎるのは嫌だったのだ。
恋人の……五条鶴丸の、細い身体を思い出す。不安になるくらいに華奢な身体に少女のようなかんばせが付いているものだから、一見病弱な美少年のような儚げな印象を受ける、歳上の恋人。実際はすこぶる男前だし、健康優良児だし、剣道の有段者である。ちなみに幼少期から剣道を習っている一期は鶴丸に一度も勝てた試しがない。
その身体が、宵闇では弱く震えることを知っている。女性よりも余程甘い色香を纏うことを知っている。割り開いた中の熱さも、狭さも、心地良さも全部、一期だけが知っている。最後に触れ合ったのはいつだったろうか、と指折り数えて、よくよく考えればもう一ヶ月も触れ合ってないことに気が付いてしまった。なんとういうことだろう。
ああ、触りたい。心置きなく、あの身体を抱き締めたい。抱き締めるだけでなくあわよくば、それ以上のことをしたい。
そう思ったところで、一期は慌ててその考えを散らすように頭を振った。そういうこと、を覚えてしまった身体には、触れられないというのは辛いものがある。会えない、話せないだけで精神的に辛いのに、身体の欲は増すばかりだ。そういう年頃なのだから、仕方がないとはいえ。
自分の端末が小さく震えたので、また勝手に送られてくるメ―ルマガジンの類かと半目でロック画面を睥睨すれば表示されていた名前に飛び上がってしまいそうになった。今まさに、悶々と思い焦がれていた相手からのメッセ―ジだった。
『一期、今どこにいる?』
『旧校舎二階踊り場、来れるか。時間が取れた』
思わず交互に見遣った教室の時計と端末に表示されている時間は、もう昼休みが半ばを過ぎていることを示していた。ぽん、ぽんと表示されては下へスライドしていく文面を目で追うと、もう時間が遅いし、近くにいないならまた今度でいい、と申し訳なさそうな文字が並んでいた。しかし、模範的な優等生だと教師から評される一期ではあるが、恋人の先輩より五限を優先する程に、真面目な優等生ではない。
『直ぐに行きます』
メッセ―ジが既読になるのも待たずに、けれど級友たちに上手く口裏を合わせてくれ、と言い置くのは忘れず、一期は旧校舎へ続く渡り廊下へと駆け出した。
「……きみなあ」
息せき切って辿り着いた旧校舎二階の踊り場に、呆れ返った顔で腕を組んでいる鶴丸が居た。当たり前だが、本物だ。心なしか輝いているような気がする。覚束無い足取りで一期が近付くと、上向きだった太めの眉が八の字になる。あせかいてる、と笑う声が近くて、漸くまともに呼吸が出来たような心地になった。
「呼んでおいてなんだが、どこから走ってきたんだ、教室か?五限に遅れるんじゃあないか?」
「そんなの、…どうだって、いいです…何日、会ってないと、…思っている、んですか…はああ、本物の先輩だ……」
「おわ、」
思い切り抱き締めて、肩口に顔を押し付ける。鶴丸の、匂いがした。間違いなく本物だった。人が来る、と鶴丸は小声で諌めてくるが、後はただ緩く一期の制服を引っ張るだけで、無碍に突き放そうとはしなかった。それが堪らなく、嬉しい。
「旧校舎も文化祭で使用する予定だから、下見に実行委員が何人か来てるんだ。その話し合いがさっき終わって…」
「ああ、だから旧校舎に」
「取り決めは殆どまとまったから、肩の荷が降りた。しかも俺のクラスは午後からは自習だし、万々歳だ。あとは承認印を押していく作業がメインだろうか。まあ長期休みは何くれと頼まれるだろうし、文化祭が近くなればまた忙しなくなるだろうが………こら、そろそろ離れろ」
「……?ということは、明日からなら時間が取れるってこと、ですか?」
ならば何故、今日呼び出したりしたのだろうかと、鶴丸の肩口から顔を上げて尋ねてみる。鶴丸は言いにくそうに、一期の視線から目を逸らした。
「……そうだ。別に明日以降のもっと時間のある時でも良かったんだ。ただ俺が、早くきみに会いたかったから呼んだんだ。悪いか」
つっけんどんなその物言いのあまりの可愛らしさに一期は数秒間言葉を失い、やっとの思いで悪くないです、とだけ返してまた強く抱き締めた。横目で見えた鶴丸の、白すぎる首筋が真っ赤に染まっている。かわいい、かわいい。
もっと、触りたい。
「だから離れろって」
「せんぱい、せんぱい」
「…一期、他に人がな、居るから……」
「先輩に触りたいです」
「今触っているだろう。ほら、いい加減離れる…」
鶴丸のシャツの隙間に、意図を持って指を潜り込ませた。久しぶりに触れた柔い肌の感触に、思わず息が漏れてしまう。その吐息の熱さと、触れた指先にびくついて離れようとした身体をぎゅう、と押さえ込む。足りない。もっと。
「……さわりたいです」
「…校内、だぞ」
たしなめる、潜められた声が、かすれている。鶴丸も同じように欲求不満であればいいな、と願った。自分より余程優等生な先輩を篭絡する為に、わざとらしく兆し始めているそれを彼の腰に押し付けた。そんなに驚愕の表情をされても、生理現象なのだから大きくなるものは仕方がない。鶴丸は居心地が悪そうに視線をあちこちに飛ばしている。その瞳が揺れていることに、目敏い一期は気付いていた。もうひと押し、だった。
「先輩、せんぱい……鶴丸さん、」
弱い耳元で名前を囁けば可愛らしい悲鳴が上がることは分かりきっていたので、一期はその悲鳴を飲み込む為に、あまい唇に噛み付いたのだった。
二人で男子トイレの個室に飛び込んで、乱暴に鍵を掛けた。そのまま個室の壁に鶴丸の身体を押し付けて、もう一度唇を奪う。夢中になって食んで、舌を絡ませていると、鶴丸が弱く胸を叩いてきた。キスをしながら鼻で呼吸をするのが苦手なのだ。鶴丸はそれを恥だと思っているようだが、一期としては初々しくて堪らないのだった。口に出したら嫌がるだろうから、言わないけれど。
「ぷはっ…が、がっつきすぎ…」
「すみ、ません」
「五限は、途中から出ろよ…?」
「……六限の終わりには顔を出そうかな、と」
「こぉら」
かぷ、と鼻先に甘噛みをされて怒られても説得力が無いし、寧ろ放課後まで離してやれなくなってしまいそうだった。甘噛みに応えるように頬に口付けながら、制服の内ポケットに忍ばせておいた小さめのボトルを取り出すと、鶴丸があからさまに顔を引きつらせた。
「き、きみ…用意がいいな…」
「万が一のことがあるかと思いまして…」
万が一どころか、鶴丸からメッセ―ジが来た時点で無理矢理にでもそういう流れに持っていこうと思っていたのは秘匿としておく。健全な青少年の性欲の強さを舐めないで欲しい。
「……ズボン、脱ぐ、から…」
座って、と便座の蓋の上に座るよう促される。どうせどう配慮してもどろどろのぐちゃぐちゃになるだろうに、と一期は思うのだが、しかし目の前で鶴丸が恐る恐るズボンを脱いでいくのは眼福なので、何も言わずに見つめることにした。鶴丸はタイル張りの床に付かないように気を配って制服のズボンを脱ぎ、丁寧に折りたたみ、一期の背後のタンクに置いた。目がいくのは、しなやかな白い脚と、少し膨らみが分かる下着だ。興奮して、いるのだ。するりと下着越しに臀部を撫でると、鶴丸が息を詰めた。
「はやく、蕩かしたい……はやく、はやく鶴丸さんの中にはいりたい……」
切羽詰まった声が出た。その通りなのだから仕方がない。下着越しに奥まった窄まりをこすこすと撫でると甘い声が上がった。気を良くして円を描くように縁を撫でていれば、鶴丸が嫌々と首を振る。
「待って、脱ぐ、脱ぐから、ぁ……」
その先の言葉が直ぐに理解出来て、一期は生唾を飲み込んでしまった。
「っ…はい。直接、触ります…」
鶴丸がぎこちなく下着を取り去ると、既に先走りに濡れて、僅かに上を向いているそれが直に見えた。やらしい、と揶揄えれば良かったのだけれど、此方だって余裕がない。今度は一期が、鶴丸に膝の上に乗るように促した。膝に掛かるのは心地よい重みだ。というか、軽すぎる。筋肉の付きにくいらしい身体は見るからに細いので、もっと重くなって欲しいと鶴丸の身体に触れる度に思う。身長に差は無いのだから、尚の事だ。
一期の膝の上に向かい合うように座ると、不安定なのか鶴丸は居心地が悪そうに身動ぎをした。手のひらで馴染ませたロ―ションを塗り込むように、先程と同じに尻のあわいを撫でてやる。それと同時にしっかり肩に捕まっていて下さい、と言い添えて、左手で鶴丸のシャツのボタンを器用に外していくと、鶴丸から慌てた制止の声が上がった。
「まっ待て、脱がすな…!」
「脱がないとシャツも汚れると思いますが」
「いや、その、うう……」
「乳首も可愛がりたいです」
「しゃあしゃあと…!そんなにされたら、っぜ、前後不覚になってしまう…」
「……そこまで?」
「当たり前だ、ひ、ひさしぶり、なのだから…」
「…………放課後過ぎたら、ホテルに行きましょうね」
「こっこら、一期!っひ、」
無自覚に煽ってどんどん墓穴を掘っていく鶴丸が可愛いったらなかった。既に色付いた胸のそれを舌で押し潰すように舐めて柔く噛むと、鶴丸が息を呑む。窄まりを解しながらシャツを肌蹴させ、乳頭も丹念に可愛がっていると、漏れる声の合間にいちごはきようだな…としみじみと言われてしまった。
なかに指をもう一本いれて、拡げるように動かすと大きく鶴丸の身体が跳ねた。身体を合わせ始めた頃は大分苦労したが、今はもう難なく指をのみ込んで、あまい媚肉を絡ませてくる。清廉なこのひとを、こんな身体にしてしまったのは自分だ。脳髄が痺れるような優越感と、支配欲が襲った。既に酩酊しているような頭で、ひたすら自分の指を動かす。気が付けば、なかに塗りたくったロ―ションが一期の手首まで垂れてきていた。指もおいしそうにのみこんでくれるけど、一期のそれで擦られる方が好きだと知っているから、もう少しだけ我慢をする。鶴丸の呼吸はもう乱れて、整っていない。一期の呼吸だってすっかり、荒い獣のように成り果てていた。もう少し、もう少し蕩かしてからがいい。慣れているとは言っても、傷付けたくない。まだ、早いと思う。もっと解さないと。でも早くはいりたい。でも、優しくもしたい。丁寧に指を動かしながらぐらぐらと考え込んでいると、鶴丸がいちご、と小さく名前を呼んだ。
「もう、平気…だから。はやく、い、いちごの、………」
「っ、…」
「いちごの、欲しい……せ、っ…せつない、」
精一杯の言葉だったのだろう、熟れた林檎もかくやという程に頬を染めて、鶴丸はふい、と視線を逸らした。
そうやって、いつだって一期の望む言葉を、欲しい言葉をくれるから。本当に、甘やかされていると思う。すっかり張り詰めた自分のものを性急に取り出し、ぐ、と鶴丸の腰を掴んで引き寄せた。一期が入りやすいように腰を浮かす、期待に震えて、でも少し怖がっている鶴丸に口付けを一つ贈って、ひたり、と先端を入口に宛てがう。
その時だった。
「旧校舎まだ使えるのに授業に全然使われないよな」
「まだそこまで年代経ってない建物なのに旧校舎っていうのもなんていうかなぁ」
「それな」
「――――っ!!?」
「っ、!!、?」
今まさに、熱いなかに進入して、存分に揺さぶろうとしたその瞬間、突然聞こえてきたのは複数人の声と足音だった。恐らく、実行委員の面々だ。知った声ばかりだろう鶴丸は腰を浮かせた状態で石のように固まっている。一期は慌ててその身体が辛くないようにしっかりと腰を支えた。体勢を変えようかと目線だけで尋ねると、うごくとこえがでる、と鶴丸の唇が動いた。いや、この体勢もかなり、きついと思うのだが。自分もそうだが、鶴丸が。爪先立ちの状態で、どれだけ保つのだろう。一期にとって鶴丸は大した重さではないから、例え鶴丸に力が入らなくなったとて、支えられるとは思うが。一期も声を出さないまま、では少しだけこのままで、と伝えた。上気した顔で鶴丸がこくこくと頷く。
「音楽室さ、結構楽器綺麗だったよな?」
「あ―管弦楽部あるじゃん。あそこが使用してるんだって。新校舎は吹奏楽部が使ってるから。他にも部室何個かあるんじゃないっけ」
「部室棟として使えばいいのにな」
「それを踏まえての次の文化祭での旧校舎使用なんじゃね?」
「つか管弦楽部と吹奏楽部ってなんか違いがあんのかな」
「知らねぇよ」
呼吸の度に、亀頭の先端がなかに入り込もうとする。おいで、おいでとふちが先端を舐め上げるので、そのまま奥まで貫きたい衝動をどうにか堪え、目の前で微かに震えている鶴丸を見た。鶴丸は耐えるように目蓋を堅く閉じている。苦悶の表情に妙な色気があるのはやはりと言うべきなのだろうか。中々、見られる光景ではない。
「文化祭ってこんなに手間掛かるんだなあ、全然知らなかった」
「だよな、実行委員にならなきゃこんな苦労してるんだってこと分からなかったよな」
「去年はただ遊んでばっかだったし、実行側って意外ときついよなぁ」
「まあこれはこれで面白くなりそうだけど」
「そう言いつつサボんじゃねぇぞ、まだ先なんだから」
「やべ、六限小テストあるとか言ってなかったっけ」
「ただの小テストだろ」
実行委員達はトイレに来た、というよりは雑談をしに来たようだ。用を済ませた後も、話題が次から次へと変わって一向に出て行く気配がない。
篭った個室トイレの臭気と夏場特有の湿気で肌がねとついている。シャツが肌に張り付いているのが分かった。汗が背筋を幾筋も垂れ落ちていく感覚に、思わず眉が寄る。けれど間近にある鶴丸の匂いがふっと鼻を掠めるだけで、それらがあって無きに等しい瑣末な事項に思えてしまうのだから、自分は本当にしょうがない奴だと呆れてしまう。
鶴丸の、汗に濡れた肌が綺麗だった。火照った肌に浮いた汗の粒が肌を彩る宝石のようだ。額から頬、顎までをゆっくりと伝い落ちていくそれが、いっそ勿体無いとさえ思う。自分のものだと鬱陶しくて仕方ないのに、鶴丸の汗、だからだろうか。まあ鶴丸からしてみれば、自分と同じように鬱陶しいものなのかもしれないが。
……このまま、挿入したら、鶴丸はどうなるのだろう。突然の衝撃に声を上げて、漏れた声に驚いて慌てて、羞恥を感じて、泣き出して。外の連中に聞かせてやりたい、見せ付けてやりたい。そういう感情が無いことも、ない。このひとは自分のものだと、見せびらかしたいと思う。けれどその歪んだ感情よりも強いものが、独占欲だった。こんな、真っ赤な顔で快感をどうにか逃して、声を出さないように唇を引き結んで。いやらしくつんと乳首を立たせて、入り口をひくつかせては、そこで物足りなげに亀頭をしゃぶっている。こんな姿は、自分だけのものだ。自分だけが、知っていいものだ。それはもしかしたら、もっと、歪んでいるのかもしれない。
十分……二十分、は経過しただろうか。時間の間隔が分からなかった。とにかく、談笑の声はまだ止まない。もう鶴丸は一期の肩に寄り掛かって、シャツを握り締めて震えていた。一期だってとんだ生殺し状態である。頭が朦朧としてきた。がちがちに硬くなった自分のそれが、意図せず入り口を引っ掻いてしまっては、鶴丸は声にならない悲鳴を噛み殺している。限界、なのではないだろうか。やはりせめて、体勢を変えた方がいいのでは。
「いちご……」
震える、吐息だけの囁きが、一期の耳許で聞こえた。はい、と此方も、吐息だけで返す。
「先っぽ、ずっと、ちゅう、って……してる……」
「っ、はい……そう、です、ね」
鶴丸は、余裕が無くなると、言葉遣いが妙にいとけなくなる。飄々として、それでいて凛とした常の様子との差に、一期はどうしても興奮してしまう。
「もう、だめ、だめ……だから……ね、奥でちゅうって……して……」
頭が、真っ白になった。限界、だろうなとは思っていたけれども、そんな誘い文句が来るとは思ってもいなかったのだ。
「こえ、がまん、する、から……くち、……ふた、して」
意味を理解した一期は、茹だりそうな、暴力的な感情が渦巻く脳内で、それでもなけなしの理性で静かに、その唇を塞いでやった。熱い、唇だった。それがどちらの熱さなのかは、判別出来なかった。
音が出ないよう緩慢に、鶴丸の腰を支えながら、入りたくて仕方のなかったそこに、入る。
「、…~~~、っ!!!!!!……っ、」
「……、….っ、…!」
柔らかく蕩けたなかが、漸く入ってきた一期のそれを離すまいときつく締め付けてくる。必死に、鶴丸が唇を押し付ける。自分も漏れそうになる声を我慢するのに必死だった。
実際は数分にも満たなかったのかもしれないが、音を立てないようにと、一期の中では気が遠くなる程の時間を掛けた。ゆっくりと鶴丸の腰を下ろしてやって、ゆっくりと自らのそれを奥までおさめる。ぴったり、隙間無く。そこで唇を離して、鶴丸の様子を伺った。小刻みに、弱く達しているのだろう、 肩を跳ねさせては、快感の波に震えている。
談笑の声はまだ続いている。けれど動きたくて、仕方がない。せっかくこんなにあたたかな粘膜に包まれているのに、動けないなんて、いっそ先程よりも地獄のようだ。
音を、立てなければいいのなら。一期は鶴丸の腰を掴んで、ぐりり、と奥を刺激してみた。途端に鶴丸が自分にしがみつくように唇を合わせてきたので、嬌声を呑み込んでやる。
一期のそれは鶴丸の一番奥に届いていた。奥が、まるでキスをせがむように引っ切り無しに絡み付いている。ちゅう、をしている。中でもちゅうをしていて、唇でも同じことをしているのだ、と強過ぎる刺激に翻弄されながら、ぼんやりと考えた。しつこく奥を刺激していると、ずっと震えていた鶴丸の身体が大袈裟に跳ねて、次いできゅうう、ときつく締め付けられた。それを皮切りに、一期はとうとうその奥に精液を叩き付けた。痺れる程の快感を噛み締めていると、実行委員たちの話し声と足音が徐々に遠ざかっていくのが分かった。男子トイレ内が完全に無音になった所で、唇を離す。鶴丸が肩を大きく上下させて息を吸う姿に、最中ちゃんと呼吸が出来ていたのか心配になった。
「っはぁ、はぁ……は…、行った………みたい、ですね…」
そう声を掛けながら、乱れた鶴丸の前髪を整える。は―、は―、と大きく口を開けて呼吸を繰り返す口元に、飲み下しきれなかった唾液が垂れていた。ああもう、なんて顔をされる。
「い、いっぱ、いっぱい、でて、いっ、いって、びゅ―、びゅ―っ、て、」
「、そっちの、イったでは、なくですね……っ」
一気に頬に血が昇ってしまった。凄い量が出たな、と自分でも思ったのだ。溜まっていたのだから当然なのだが。きゅうきゅうと余さず精液を搾り取るように締めつけてくる内壁に、直ぐに自分のそれがまた硬度を増していっていることに気が付いた。なかで出されて感じている鶴丸が可愛かったし、堪らなかった。もう何が何だか訳が分からなくなっている鶴丸の姿は、いつ見てもいい。しかしその、薄い腹に手を当てて安堵したような表情を浮かべるのは、何と言うか、やめて欲しかった。
「あ―っ、あっ、すご、濃い、あつい、いちご、せ―えき、いちごの」
「っも……それ、か、勘弁して下さい……くそっ」
鶴丸の性器はとうとう射精も出来ず、粘液を垂らして震えているようだった。鶴丸の様子を見るに、なかで達してしまったらしい。今日は前をあまり触っていなかったと思うのだが。どんどん、彼を雌にしてしまっている気がする。自分だけの、淫蕩な、雌。
音を気にする必要は無くなったので、鶴丸の腰を抱え直し、下から思い切りずん、と突き上げた。じゅぷ、ぬち、とそれらしい水音が鳴る。ロ―ションと精液が混ざって、泡立っているのが接合部から見える。悲鳴をどうにか押し殺した鶴丸が焦ったように首を振った。
「ひゃ、…っあ、らめ、うごいたら声でちゃ、くち、おくちふた、しっ、」
「もう、しなくていいです、居なくなったの、で…っ」
「あっ、~~~~っ、!!あ、あ!っや、ああ、あっ」
漸く粘膜を上下に擦られ、待ち望んだ刺激に鶴丸が大きく喘いだ。動きに合わせて捲れ上がるひだが一期のそれを嬲る。吸い付いてくる、すっかり一期のかたちに慣らされたなかの心地よさに、意識が飛んでしまいそうだった。
「ひっ、ひ、う、あっ、!あ、あ、あ―っ、あぅ、」
「だから、先輩のかわいい喘ぎ声、いっぱい、きかせて……」
「奥、おくぅ、あっ、あ、んん、いちごぉ、あ!っひ、!?」
動きを止め、接合部の縁を小指で引っ張って、先だけ侵入させてつう、となぞる。自分の出した精液がそこからとろりと滴り落ちるのを眺めていると、鶴丸がやだ、だめ、と甘い鳴き声を上げた。
「ひ、ひっぱ、だめ、」
「なか、こぼれてきちゃいます…ね」
「ゆび、やだ、へんになる、へんになっちゃ、やあぁ、」
「だからもっと、いっぱい出します、ね?」
小指を引き抜き、勢いを付けて突き上げて、かき混ぜるように動かす。一期の獣のような荒い息遣いも、鶴丸の嬌声も、激しさを増していく水音も、言い逃れようもなく、セックスの音だった。もう誤魔化せないし、止まれない。もう誰も入ってこないことを祈る他なかった。揺らされる度に背を反らせて声にならない悲鳴をあげる鶴丸の手が彷徨うように空を掻いていたので、力の入らない腕を一期の肩に回させてやれば、ぎゅうう、としがみつかれる。密着した体温に、とけてしまいそうだ。それはもう、自分も衣服を脱いでいたら、そのまま融解してしまいそうなくらいに。
「あっ、あ―――っ……」
離したくないとばかりに、鶴丸の両腕に更に力が込もった。咥え込まれたそれをぎちぎちにしめられ、堪らず自身が白い欲を吐き出す。律動的に放出される熱に震える一期と、その胸の中で、鶴丸はくぐもった声で途切れとぎれに喘いでいた。
余韻に息を整えていると、鶴丸が一期の胸から顔を上げて、震えながら口を開けた。それが餌を待つ雛鳥のようで、一期は眦を下げつつ、やわらかく食んでやった。つがいの鳥のように軽いキスをして、舌を滑り込ませて、次第に激しくさせていく。挿入されたままのそこが切なげに締めつけられて、また、腰がじんと熱くなった。
あとはもう、また貪り合うだけだった。
「……すっかり放課後な訳だが、一期」
「はい、す、すみませ……」
抜かずに三回した後、鶴丸を便座の蓋に押し倒して後ろからも楽しんでしまった。六限終わりの鐘の音で二人とも正気に戻ったはいいが、慌てる鶴丸が可愛くて結局もう一回してしまったのだった。汗やら何やらで塗れた個室をその場凌ぎで拭って、その汗やら何やらでやはりどろどろのぐちゃぐちゃに、目も当てられなくなった制服を手洗い場で簡単に洗い、身なりを整えた所である。大分ひんやりするが、夏だからどうとでもなるだろう。教室に戻れば予備の体操服があるから、そこまでの辛抱だ。
「今日、………すご、かった、ですよ、ね。やっぱり人が居たから、見つかるかもって、興奮して?」
「ばっ、馬鹿言うな!……あ、あんなの、二度とごめんだ……!」
顔を真っ赤に、声を大にして否定する鶴丸だった。一期としても、ああいうのはもう、出来れば遠慮したい。盛り上がったのは確かだし、好き放題やらかしておいて今更感が否めないが、ああいう時間は、自分だけのものがいい。他人の気配に怯えて、高まってしまう姿もそそるけれど、自分だけを感じて、自分のことだけを考えて欲しい。本当に、我ながら欲深くて呆れ果てる。
しかし焦らしプレイ、なら許容範囲だ。寧ろまたやりたい。まあ一期は忍耐力が無いので、諸々を鍛えなければいけないが。おねだりされる前に、我慢できずに此方から懇願してしまうかもしれない。
「久し振りの、きみとの、セックスだぞ?興奮くらいする……」
「へぁ」
意識をあれやこれやと膨らませていたら、とんでもないことを口走られた気がする。顔を両手で抑えて、いまのはなし、と頭を振る鶴丸に、よからぬ感覚が背筋を這っていく。色々と溜め込んだ、健全な青少年なのだ。熱を発散させたとはいえ、正直、何回してもし足りない。 不穏な気配に気付いたのか、鶴丸は抑えた両手の隙間からじろりと睨んで、もうしないぞ、と釘をさしてきた。
「ああもう……こんなはずじゃ…俺はただ、きみと久し振りに、少しでも良いから、話したかっただけなのに…」
「……うう、すみません」
「今更そんなにしおらしくするのか」
唇を尖らせた鶴丸に、下心ありきだった一期は素直に項垂れる。その姿に苦笑しながら、鶴丸はその細い指の背で一期の頰を撫ぜるように動かした。制服を水洗いした後だから、随分冷たい。先程はあんなに、熱を持っていたのに。それが少しだけ、惜しいと思ってしまった。
「……まあ、俺も気持ちよかったし………期待、していなかった、訳じゃ、ない、から……」
おあいこだ、と小さく囁いて、その言葉を打ち消すようにさあ早く帰るぞと半ば叫びながら言った鶴丸が、脱兎の如き勢いで男子トイレから飛び出した。一期は本日何度目かの爆弾発言を受け、暫く固まったのちに、また性懲りもなく顔を赤くしているだろう恋人を一刻も早く抱き締めなければ、という使命感に駆られてその後を追い掛けたのだった。