top of page

I.眠れぬ夜は、誰のせい?

 

 

すだれ越しに覗く庭。薄暗がりの中を、不思議に青い光がチロチロと飛びかっている。

あれこそが蛍なのだと、鶴丸は先日教わったばかりだ。

肉の器に封じられた付喪神・刀剣男士として顕現したのは、つい数か月前。ここ山城国某本丸の鶴丸国永は、人の身を得て初めての夏を迎えている。

 

「これぞ、まさに風流というやつだろうなぁ」

 

眠りにつく前の一献をかたむけながら、鶴丸は目の前の幻想的な風景にため息をついた。

新参者の鶴丸だが、住みかとして贅沢にもこの離れを独りで使っている。理由は、他愛もないものだ。いかんせん顕現があまりに遅かったので、母屋には一つも部屋の空きがなかったのである。どこかに居候するにも各部屋相応に埋まっていて、適当な場所がどこにもない。そこで、この特例が主たる審神者から与えられたのだった。

元は客人のための部屋というだけあって、この離れは本丸の庭の一等美しい場所に面している。その分どうしても母屋からは遠かったが、鶴丸は気にならなかった。豪快と称される性格の割には、これで喧騒と同じく静寂を好んでいるのだ。特に、夜はこうして独り静かに物思いにふける方がよい。この住まいは、鶴丸にとってまったくおあつらえ向きであった。

 

(暑くて寝苦しくなると聞いていたけれども、いい具合に風が入ってくるしな)

 

庭の木々や池が風を呼ぶのか、日中よりもぐっと心地よくなっている。暑さに慣れぬものは、寝不足に悩まされることもあると脅されていたが――どうやら鶴丸には無縁のようだ。

 

「……っんぁ、ふぁあ、ぁ」

 

酒が回り夜風に撫でられれば、とろりとした眠気が瞼を重くする。数度欠伸をした鶴丸は、盃を端に置くとごろりと横になった。

 

(あ、障子……)

 

うっかりと閉め忘れている。しかし、鶴丸は結局そのまま眠ることにした。相変わらず涼しい風が肌に気持ちよく、それを和紙で遮るのはもったいない気がしたのだ。

日中の戦の疲れもあって、鶴丸の意識はすぐに夢の奥深くへと沈んでいく。

こうなれば、翌朝太陽の光に叩き起こされるまで寝入ってしまうのだった。

――不穏な音に、気がつくこともなく。

 

 

* * *

 

 

「それ」に気がついたのは、長期遠征から帰ってきた翌日のことであった。

 

「なんだ、これ?」

 

鏡に向かった鶴丸は、怪訝そうに目を瞬かせる。

姿見に写っているのは、いつも通りの気楽ないでたちだ。ただ、随分と胸元が開いていて――そこに、奇妙な赤い斑点が見える。

白い肌に散ったその様子は、雅に花と例えることもできただろう。けれども、鶴丸の心中はちっとも穏やかではなかった。

 

「……なんだ、これ?」

 

もう一度、鶴丸は心細げにぽつりと呟く。

指で触れてみたそこは、幸か不幸か、痛みなどは一切感じなかった。

強いて言うなら、むず痒い、ような気がする。とはいえ、この感覚が斑点自体によるものなのか指でつつきまわしているせいなのか、鶴丸には今一つ判断がつかなかった。

 

(まさか、病じゃあるまいな……?)

 

得体の知れない赤い花々に鶴丸が思い浮かべたのは、あの恐るべき錆びだ。人の身を得た今なら、それはきっと病となって表れるはず。

とはいえ、他に不調は見当たらなかった。熱だとか、気だるさだとか――そういったおおよそ病となれば起こりうる諸々とは、今のところ無縁である。

 

「んんー……?」

 

今日は非番ということもあり、鶴丸はしばらく鏡の前で右に左にと頭をひねっていた。

わからないことがあれば、主や古参の刀に尋ねるのが一番だろう。顕現した当初に言われたとおりにすべきだと、鶴丸もわかってはいる。

しかし、今本丸はそれなりに忙しい。幕末の京都における激しい攻防戦に、経験も錬度も十分な刀は出ずっぱりなのだ。彼らを指揮する主もまた、食事時以外は執務室にこもっていることが多い。

 

「ま、しばらく様子を見るか」

 

自身の異変と周囲への配慮を天秤にかけて、鶴丸は結局黙っていることにした。いかんせん、赤い斑点が首元に散っているだけなのだ。何かしら戦いや内番に支障をきたすようなことがなければ、自分だけの問題にとどめておくのが得策だと考えた。

(それでも万が一を考えて、斑点が消えるまで他との接触は控えた方がいいだろうなぁ)

鶴丸は、改めて自分の根城が離れであることを感謝した。鶴丸が母屋へ向かうことはあっても、あちらがわざわざこちらまで足を延ばすことはそうそうない。鶴丸がこう見えて静寂も愛しているのを、旧知の連中を通して皆がわかってくれているのだ。

とりあえず、三日。それまでは、ここで大人しくしていよう。この間に斑点が消えなかったり何かしら悪い異変が起きでもしたら、その時に助けを求めればよいのだ。

そうと決めた鶴丸は、そそくさと姿見から離れる。

一応襟元は正したものの、そのままぼすりと敷きっぱなしだった布団に倒れこんだ。

今日は、非番。母屋に行って大倶利伽羅か一期一振でもかまいつけようと思ったが、それはなしだ。

ならば、ここで大人しく――自堕落を満喫するのも、また一興だろう。

一週間にもわたる遠征で、鶴丸の身体にまだまだ疲れが残っていた。

 

 

* * *

 

 

例の斑点を見とめてから、二日。部屋に引きこもるようになってからも、二日。

この日の夜は、ことさら暑苦しいものとなった。なにせ、夜風がとんと吹かない。障子を開け放しても、吊るした風鈴はちっとも鳴ってはくれなかった。

 

「あぢぃ……」

 

だらしなく浴衣を着崩した鶴丸は、二度三度と布団の上を転がっていく。

今回の引きこもりについて、鶴丸は周囲に「なつばて」と覚えたての言葉で言い訳をしていた。まぁ、体に異変が起きているのは確かなので、全くの嘘ではない。長期の遠征が続いていたのもあって、主を筆頭に皆が信じてくれた。

 

『静かに寝ていれば、そのうち治るさ』

 

そんな鶴丸の言葉も素直に受け入れてくれて、昨日も今日も離れはおろか面した庭にも刀の気配はない。この二日間で鶴丸が顔をあわせたのは、食事を運んでくれた光忠くらいのものだった。

 

(そういえば、本丸の景趣機能が調子悪いと光坊がこぼしていたな)

 

最近やけに暑さが増していると思っていたら、どうやら本丸の機能に不具合が生じているらしい。恐らく、この奇妙な凪ぎもその不具合とやらのせいなのだろう。

今のところ明らかになっているのは気候をつかさどる部分のみらしいが――これで結界機能が故障していたら、まったく洒落にならない事態である。

 

『この一週間で、主とこんのすけが徹底的に調べるってさ。その間、僕たちは交代で見回りでもしようかって話になっている』

 

そんな光忠の言葉を、鶴丸はぼんやりと思い出していた。

 

「難儀だなぁ……」

 

呟きに、僅かの罪悪感が滲む。まだ十分に過去で戦えない鶴丸は、こういう時こそ何かの役に立ちたかった。けれども、今の自分はあの斑点問題を抱えている。例え手伝いであろうと不用意に動くのは、やはり怖かった。

 

「鶴丸国永というものが、情けない……」

 

鶴丸は、再度ごろりと転がる。まったく動きのない空気は相変わらずどろりとしていて、不快を覚えるばかりだった。

 

「……寝よ」

 

こういう時は、やはり眠ってしまうにかぎる。

鶴丸はあまり夢を見ない質だから、気がつけばすぐに朝となるのだ。

そのまま鶴丸はだらりと手足の力を抜くと、ひとまず瞼をおろした。

 

 

――唸り声が、聞こえる。

あまりに不快なその音に、鶴丸はぱちりと目を開いた。眉間には、いつの間にか深い皺が寄っている。

 

「……なんだぁ?」

 

本体が持つ千年の記憶をたどっても、その正体がわからない。妙に高く、か細く――しかし、しっかりと鼓膜とその奥にある脳内を引っかいてくる。何とも言えず、憎たらしい音。

何かが、いるのだろうか。暗闇に弱い鶴丸の目では、自室であっても様子を探るのは難しい。それでもなけなしの感を研ぎすませてみたが、例えば殺気のような邪な気配は感じられなかった。

 

「敵ではなさそうだが……気のせいでも、なさそうだな」

 

強弱はあるものの、音はやんではいない。相変わらず、あの唸り声のようなものが鶴丸の耳を不快にする。

 

「ただでさえ、寝苦しいっていうのに」

 

基本的に寝つきのいい鶴丸だが、今夜ばかりはうまくいっていない。なにせ、凪の夜だ。蒸して暑くてたまらない。

 

「勘弁してくれ……」

 

情けないため息を、汲みとってでもくれたのだろうか。

ふいに、あの音が拾えなくなる。

 

「……?」

 

呼吸八つ分ほど様子をうかがっても、静かなものだ。

 

「……なんだったんだ?」

 

今一つ腑に落ちない鶴丸だったが、「まぁ、いい」と頭を振った。

声は、しばらく聞こえてこない。この隙に、鶴丸は寝なおそうとしたのだ。

なんせ、他に取れそうな手立てがない。音の主が気にならないわけではないが、敵でないのなら寝首を欠かれることはないだろう。

それに、この夜更けにわざわざ灯りをつけるのは、どうにも大げさな気がした。それこそ光忠あたりに見つかったら、ちょっと一騒動になりそうである。

――その時だった。

 

「……っ?」

 

ちくり、と思いもよらぬところに刺激が走った。鶴丸は、とっさにそこに目をむける。

そして、「ひっ」と息を呑んだ。

はだけた寝間着の胸元から、我ながら豪快に顔を出している乳首。そこに、何か黒いものが居る。

僅かに差し込む満月の灯りが、鳥目の鶴丸にもおおよその正体を悟らせた。多分、虫――わかった瞬間に、鶴丸は手で払いのけた。

ぶぅんと、あの不快な音が再び鶴丸の鼓膜を打つ。

 

「畜生、あれかっ!」

 

不審者のあまりに小さな姿に、鶴丸はカッと癇癪を起した。忌々しいあの音を頼りに、渾身の力でもう一度手を叩く。

「きゅう」と情けない音がしたので、手ごたえはあった。手を閉じたまま一、二、三とまた呼気を数えて――もういいだろうというところで、そっと開いてみる。

 

「……!」

 

果たして、羽虫は見事に潰れていた。けれども、それよりも鶴丸の目を引いたのは宵闇にも鮮やかに映る真っ赤な血だ。この虫のものとは思えないから――これは、鶴丸の血を吸ったのだとみて間違いはないだろう。

そういう類の害虫がいるのを、鶴丸はようやく思い出していた。

 

「それが、何だって俺のなんか……あー、そうか。人の身、だからか」

 

まったく、失念していた。病はもちろん、こういう人間ならではの厄介事も今は引き受けてしまう身体なのだ。

戦を知る刀といえど、もう随分と蔵へ隠居させられていたのである。こういうわずらわしいことが彼らにあったことなど、とんと忘れていた。

 

「これは……放っておいていいものなのか?」

 

怪我をすれば、審神者に頼んで手入れをしてもらう。しかし、この虫刺されはどうしたらいいのだろう。

鶴丸は、こてんと童のように首を傾げた。

 

「うーむ……」

 

血を吸われたとはいえ、相手は払うだけでも潰れてしまいそうな小さな羽虫だ。ちくりと走った最初の痛みがやや気になるものの、今はどうということもない。

大体、刺された場所が場所だった。なんせ、乳首だ。流石の鶴丸も、ここをおいそれと他人に晒すのは恥ずかしいことくらい知っている。

 

「ま、しばらく様子を見るか」

 

結局、鶴丸の口をついて出たのはいつぞやと同じ言葉だった。

例の斑点の犯人も、おそらくあの不届き者だったのだ。とすると、きっと大人しく寝ていればなんでもない朝を迎えられるに違いない。

そういう思いごと大きく息を吐き出すと、鶴丸は早速寝なおすことにした。

――しかし。

 

「う……ん」

 

気にすまいと念じれば念じるほど、妙に刺された個所に意識が向いてしまう。

何せ、寝苦しい空気は相変わらずだった。熱を孕み、淀み、じっとりとした汗ばかり呼んでくる。

二度三度と、鶴丸は無駄に寝返りを打つ。そのたびに、乳首が夜着や敷妙に擦れて――妙に、むず痒くなってきた。

 

「……っ」

 

それはあまりに微かなものだったけれども、一度気がついてしまえばもう無視はできない。本当はいけないと頭の中でわかってはいても、鶴丸はついつい指先で弄った。

 

「う……んんっ」

 

痒みを散らさんと、乳首を抓んで擦りあげる。夏の夜に浮かされた頭ででも、そこがすでに不自然なほど熱を持っているのはすぐにわかった。

恐る恐る視線を向ければ、宵闇にも赤くぷっくりと腫れているのがわかった。

 

(くそっ、あの虫は毒持ちか!)

 

生き物には、刺したり噛んだりするだけでは飽き足らず、そういう厄介な武器を携えているものも少ない。人だって、あの器用な手で諸々を作り出しては、古今東西使ってきたのだった。自分の歴代の主とて、そういうものを恐れてきたではないか。鶴丸は、今さらのように思い出す。

 

「んく……ぅ、あ、あぁ……っ」

 

この毒は、いったいどのような代物なのか。わかりやすい痛みや苦しみがない一方で、乳首のむず痒さはますますひどくなるばかりだ。腫れた先端を爪先で引っかき強く引っ張れば、一瞬ばかりは痒さを忘れる。しかし、三秒と待たずにいっそうひどい疼きが鶴丸を苛むのだ。

 

「ひぅ……っ、あ、も……なんだ、よ……っ!」

 

あっという間に、鶴丸の頭は猛烈な痒みでいっぱいになっていた。あの悩ましい寝苦しさですら、鶴丸はすっかり忘れさっている。ただひたすら、手を変え品を変えて、疼き続ける乳首を弄りたおしていた。

 

「あぅ、う、うぁっ、あ、あぁ……っ」

 

今は、肌蹴た夜着からのぞく胸元を一心不乱に敷紗に擦りつけている。これなら乳首全体を一度に弄れるので、ひどく鶴丸には具合がいいのだ。

 

「あんっ、あ、イい……っ」

 

熱く熟れた胸先がざらざらと擦られて、それが快感となって鶴丸の脳裏に響く。刺激をやめればもっとひどい痒みが襲ってくることはわかっていたから、鶴丸はこの滑稽な動きをやめることができなくなっていた。

 

「っあ、あぁ、あんっ、胸、ジンジン……っあ、あ、やだ、気持ち、い……んぁあっ!」

 

しかし、どんな刺激もやがて慣れてきてしまう。そうなれば、あの居ても立ってもいられない疼きが再び鶴丸に襲いかかる。

 

「ひ……いっ、や……っ、やだ、あれはイヤだ……あぁっ」

 

少しでもその片鱗を感じ取るたびに、鶴丸はいっそう激しく胸元を動かした。大きくゆっくりと、あるいは小刻みに身体を揺らし。全体重をかける勢いで、乳首をぐりぐりと敷紗に押しつける。

 

「あっ、あ、うぁ、あ……ぁ」

 

それでも――疼きは、いっこうに引いてくれない。それどころか、いつの間にやら乳首のみならず体の内側まで犯されていくようだ。

 

「ひぅうっ」

 

思いもよらない事態と痴態、自分の読みの浅はかさに、鶴丸の眦から涙が一滴零れおちる。

 

「ど、して……っあ、あ、も……やだ……ぁ」

 

初めて血塗れの重傷を負った時ですら、これほどに己の身体がままならないと感じたことはなかった。不埒な疼きと自分への情けなさに、鶴丸は混乱を極める。

 

「あぅ、う……っ、あ」

 

真っ白になった脳裏に唯一浮かんだのは、今も昔も馴染みのある一振りの姿だった。

三百年来の同僚で友人。この本丸に来たばかりの鶴丸の手を引いて、先輩刀剣男士として何くれとなく面倒を見てくれている存在。

ここで人の身を得て、今一番心を預けている刀。

 

「助け、て……っ」

 

彼への気安さゆえに、正気なら絶対に飲み込んでいたはずの言葉が声となって零れおちる。

 

「一期」

 

そして、彼の名前を呼んでしまえば。鶴丸の矜持は、もうガラガラと崩れ落ちていく。

 

「一期、いち、あっ、あ、一期、助けて……ぇっ!」

 

再び乳首に爪を立てながら、鶴丸は一期一振の名を叫ぶ。

その声は思いのほか小さいものであってけれども。鶴丸とて、本当に彼が来てくれるとは露ほどにも思っていなかったのだけれども。

狂乱の部屋の外。母屋に繋がる廊下を踏み来る音が聞こえて。

 

「鶴丸殿……っ?」

 

開けはなたれた障子戸から、まさかのその刀(ヒト)が現れたのだった。

 

 

例の夜回りの最中だったのだろう。熱くもない例の不思議な蝋燭を片手に、彼は呆然と立ちすくんでいた。蜂蜜色の瞳が、望月のように丸く開いている。

 

「私を呼ぶ声が、鶴丸殿の声が聞こえたから、駆けつけてみれば……」

 

そのまなざしは、真っすぐに鶴丸の痴態に向けられていた。

 

「貴方、いったい何を……?」

「あっ、あ……いち、ご……っ!」

 

正気なら、こんなみっともない姿なんてすぐさまにでも彼の視界から隠してしまうだろうに。けれども、この鶴丸はすっかり虫の毒にやられていた。

痒い。熱い。胸が、体の奥が、あらぬところが疼いて仕方がない。

千をはるかに超える月日を生きても、こんな責め苦は初めてだ。

だから、鶴丸は手を伸ばす。人の身に起きたことなら、彼に助けを求めるのが一番だとだけは知っていたから。

 

「ここ、ここが熱くなって……っ、あっ、あ」

 

診てくれとばかりに、鶴丸は真っ赤に腫れあがったソコを一期の眼前に晒す。

 

「どうしよう、一期。どうしたら……っ」

 

「助けてくれ」という言葉は、今度は声にもならなかった。ただ熱いばかりの吐息を漏らしただけなのに、一期は全てを心得たかのように静かに部屋へと入る。

トッと微かな音を立てて、障子戸が閉められた。

 

「……おかわいそうに」

 

普段は陽だまりのような笑みを刷いている一期なのに、今近づいてくる彼の表情はどうにも読めない。それでも、いたわるように己の頬に伸ばされた手が優しかったから、鶴丸はただ彼を見つめるばかりだった。

 

「あぁ、こんなに腫らして」

 

すこし節の目立つ一期の長い指が、鶴丸の赤い乳首をそっと抓む。それだけでも「あうっ」と声を上げれば、彼の喉がくっと蠢いた。

 

「……いったい、どうなさったのです?」

「あっ……変な、虫に……っ、んんっ、血を、吸われた、ら……んぁっ」

 

鶴丸が答えている間にも、一期の指先は大人しくなることがない。胸の頂きが感じる他人の熱は、味わったことのない快感を脳裏に走らせる。

どうしよう、気持ちイイ。快楽に浮かされながら、一方で鶴丸は恐ろしくなっていた。

おかしい。自分は、ひどく阿呆になってしまっている。これもなにも全て、あの不埒な虫の毒のせいだ。

 

(毒……は、どうしたら、いい?)

 

だから、鶴丸は腫れた乳首をさらに一期に向かって突き出す。

 

「頼む、吸って……っ!」

 

使いものにならなくなった思考で、鶴丸が唯一掴んだ答えがそれだった。

 

「ここから、虫の毒が……っ、あ、俺、おかしくなって……ぇっ!」

「……っ」

「吸って! 吸い出してくれ、いち、ごぉ……っ」

 

一瞬、一期が眉間に皺を寄せる。

やはり、無理な願いだったか。それは、そうだ。誰が好き好んで、同じ男の胸など吸う?

申し訳なさと恥じらいが、随分遅れて鶴丸の中に生じ――

 

「あぁあぁっ!」

 

それを思考が捉える前に、今までで一等の快楽が、鶴丸を貫いた。

 

「あっ、あぅ、う、んぁっ、あ!」

「ん……っじゅ、ぐ、んんっ」

 

一期が、請われるままに鶴丸の乳首に吸いついている。

きゅうきゅうと、痛いほどの勢いで腫れた肉が引っ張られていた。時折いたわるように舌先で舐められれば、じゅんとよくわからない切ないものが胸の奥から滲みでる。

駄目だ。これは、駄目。熱くてざらついているから、指先などよりもよほど気持ちがイい。

 

「ひゃぁっ、あ、んあぁ……っ、あ、あんっ、あぁぁ!」

 

無意識に、鶴丸は胸元にある一期の頭をかき抱いていた。空色の髪を震える指先で乱し、もっともっとと押しつける。

意地悪なのか、不可抗力なのか。時折彼の歯が先端にあたるのも、また堪らなかった。

気持ちイい、気持ちイい。毒を吸い出してもらっているはずなのに、狂おしい快楽はいっそう威力を増すばかりだ。

それは鶴丸の体内を縦横無尽に暴れまわり、やがて一か所へと集まりはじめる。

 

「ひぐっ……っ、あ、ぁっ」

(なん、で……ぇ?)

 

ここまでくると、もう鶴丸も気がついていた。

股座が、一番熱い。ずきずきと痛みに間違うくらいに疼いている。

鶴丸の胸元に吸いつく一期のたくましい体躯がぐりぐりとソコを押すから、余計に感じてしまうのだ。

いつの間にか乳首よりも固く芯を持った摩羅が、一期の腹に擦られてゴリゴリと啼いている。

そのたびに、あの切なくいかんともしがたい疼きが、鶴丸の下肢に湧きあがるのだ。

 

「あっ、あ……んぁっ、あ、やら……ぁ」

 

これは、本当に虫の毒のせいなんだろうか。もうそれすらもよくわからなくなり、鶴丸はひたすら甘い声を上げる。

一期はそんな鶴丸をなだめすかすかのように、ただひたすらに乳首を吸いあげていた。いつの間にか左右を交互に咥内で嬲り、けなげにも空いたもう片方も休ませることもなく指と爪先で弄る。

それは、与えられる快楽は、もう拷問と言ってよかったのに。鶴丸は、止めることもできずに「もっと」とねだってしまうのだ。

もっと。気持ちイいから、もっと、もっと、もっと!

 

「んぁああ……っ!?」

 

ふいに、下肢に何か熱いものが触れる。

息継ぎのためか、一期が鶴丸の腕をかいくぐって身体を持ち上げた時だ。研ぎ澄まされた刃のように、熱くて、固い。けれども、やはり鶴丸が千年の間にも知りえることのなかった感触。

混乱を極めた中、新たにもたらされた未知の何か。鶴丸は、恐れで――半分は、好奇心で。熱に浮かされていた視線を下に向ける。

そして、「ひっ」と息を呑んだ。

 

「いち、ご。君……っ」

 

一期の股座で、何かが柔らかい布地を持ち上げている。

それに向かって、鶴丸の摩羅も同じように上を向いていた。

だから、わかった。わかって、しまった。

 

「どうしよう……っ」

 

あぁ、申し訳のしようもない。きっと、彼も自分と同様にあの虫の不埒な毒にやられてしまったのだ。

鶴丸が、毒を吸い出してくれなどと頼んだから!

 

「すまない、一期……っ」

 

ぐるぐると思考と感情が渦巻く中、鶴丸は苦しそうな一期のソコへ手を伸ばした。何を図ったわけでもない。せめて、自分の胸先にしてもらったように、今度は鶴丸が彼を少しでも慰めたかったから。

――指先で触れた一期の摩羅は、布越しでも熱く固かった。この分では、相当腫れているに違いない。視線を上に向けなおせば、頬を染めて目元を歪めた一期の顔が見えた。

 

「鶴丸殿……っ」

 

息を呑み、それでも弱々しく一期から吐き出された己の名が、鶴丸の鼓膜を穿つ。それは、哀れなほど苦悶と戸惑いを孕んだ響きだった。

 

「……っあ、う、ぁっ」

 

今度は、一期が鶴丸に救いを求めるように――固く勃ちあがった摩羅を、こちらの股座へと擦りつけてくる。

いつかどこかで見た獣のような、理知的であるはずの彼には似つかわしくない有様。

熱で潤んだ瞳にがこちらを射すくめるのに耐えられなくなって、鶴丸は再び一期の体躯に手を伸ばした。

震える腕はすっかり力が入らなくなっていて、彼の背に回すのが精いっぱい。代わりに、許しを請うかのように眦から涙が一つまた一つと零れ落ちる。

 

「すまな……っぁ、いち……っ、ご」

 

こんなことになるはずじゃなかったのに。

こんな、はしたなくて恥ずかしくて恐ろしい何かに、彼を巻き込んでしまった。

 

「おれ……んぁっ、あ、どう、したら……あぁっ」

 

一期だけでも、この狂おしい熱から解放してやりたい。せめて、慰めるだけでもできたらいいのに。

己の乳首と同じように、すっかり固く腫れた一期のソコを吸うてやればよいだろうか。今度は、鶴丸が一期に回った毒を――

 

(あぁ、駄目だ。そんなことをしたら、きっと)

 

今度こそ、自分はおかしくなる。理性どころか、思考も消え失せて――そんなことになったら。なってしまったら。

考えはまとまらず、鶴丸は己に擦りつけられる哀れな一期の摩羅を、ひたすらに手で撫でてやるしかできなかった。

 

「……くっ」

「ひゃぁうっ!」

 

どっちつかずの情けない姿に、痺れでも切らしたのだろか。一期が、一際強く身体を押しつけてきた。そのままのしかかって鶴丸を押し倒し、濡れた頬をゆっくりと舐めあげてくる。

最後に目元を吸いあげたのが、じゅっという音まではっきりとわかった。

 

「鶴丸殿」

 

続いて、頭の奥にまで響く一等低くて甘い声。それ以外に新しいことは何もされなかったというのに、鶴丸の体の芯が今までになくじんと痺れていく。

胸から喉奥にかけて、きゅうと切ないものがせりあがってきて苦しい。本能のままに口を開き舌を突き出せば、一期が今度はそこをちゅうと吸った。

それは、本当に僅かの一瞬だったけれども。あまりに甘く心地よくて、鶴丸はまたしても「もっと」とねだってしまう。

 

「気持ちいい?」

 

こくりと頷けば、再び一期が舌を吸ってくれた。そのまま、熱くて柔らかくてすこしかさついたものが、鶴丸の口を塞いでしまう。肉厚でざらついたものが咥内に入ってきて、鶴丸の口の上の肉をざらりと擦りあげた。

 

「……っ」

(これ、一期の)

 

彼の、舌だ。乳首を散々に慰めてくれたものは、今度は鶴丸の咥内を嬲っている。

胸の時がそうだったように、どこを舐められてもつつかれても、とにかく気持ちがよかった。舌先を遊ぶようにくすぐられたから応じてみれば、ざらついた粘膜同士が絡んで、さらに快楽が増す。

身体の奥から、またアレがぐちゅりと湧きでて胸を圧す。苦しくて、切なくて。それでもどこか甘いから病みつきになってしまう、何か。

最初は、確かに乳首だけだったのに。今は全身がこの毒のようなものにヤられてしまっている。

 

「……っあ、いちごぉ……っ」

 

息継ぎのためか、ようやく解放された口から鶴丸は情けない声を上げる。

 

「どうしよう、俺、ほんとおかしい……っ」

 

まだ慣れきったとはいえずとも、確かに己の肉体なのに。もはや、この人の身はすっかり鶴丸の制御がきかなくなってしまった。

今も、ほら。快楽に促されるままに、一期の下肢に己の疼く股座を押しつけている。

はしたなく腰を揺らして、痛いほど固くなった肉を一期へと擦りつけて。それでも熱は治まることなく、次から次へと溢れてくるばかりだ。

――そんな自分を、いっそ軽蔑の眼差しで貫き殺してくれればよかったのに。

鶴丸を見やる一期の瞳は、相変わらずただトロリと潤んでいるだけだ。唇のすぐ近くで零れおちた吐息は熱く、見かけよりしっかりと筋肉のついた下肢は、鶴丸をたしなめるどころか煽るように同じく揺れている。

 

「おかしく、なってしまわれたら、いい」

 

そして、彼はとうとうこんなことを唆してきたのだ。

 

「本当は、もうわかっておられるのでしょう? これは、夏虫の毒のせいばかりでなく……そう、だから、仮に回る毒をすっかり除いたとしても、どうにもならんのです」

「そんな、一期……っ、あ、俺……んぁっ、あ、君も、どう、したら……っ!?」

「抗っても無駄なのだから、いっそ身を任してしまえばよい」

 

混乱でぼろぼろと涙をこぼす鶴丸の目元に、一期がまた唇を落とす。

 

「どんな高揚も、峠を過ぎればあとは鎮まっていきます。半端なところに留まるから、終わりが中々見えてこんのです」

「いち……っ」

「……教えて、鶴丸殿。どこが、疼きます? 一番気持ちよくしてほしいところは?」

 

どんなに優しく甘く問われても、おいそれと答えられるはずもなかった。だって、どうして、全部してほしいのだ。胸も、口も、肌も、熱く滾る下肢はもちろん――体の中、胎の奥まで。

この身体全てを、余すことなく気持ちよくしてほしい。

何も言えない鶴丸を、どう思ったのか。一期はふっと笑うと、鶴丸の唇をぺろりと舐めた。

 

「私は、やはりココが疼いてしかたない」

 

ごりりと、明確な意思をもって一期が鶴丸に滾った肉を突きつけた。

 

「先ほどから、鶴丸殿に煽られているばかりで……もう、辛抱なりません」

「ど、どうしたら、いい?」

「貴方の胎の中に、うずめたい」

 

一期の金の目が、どろりと一層の熱を孕んだ。

 

「その股座を突いて、押し入って、奥の奥まで貫きたいのです」

 

そんなこと、できるものなのか。

鶴丸は、到底信じることができなかった。けれども、一期の切っ先のようなソコが、言葉通りに鶴丸の股座の奥に当てられる。今はまだ下着を穿いた臀部、の孔を、ぐりぐりと弄られる。

まさか、ここから入ろうとでもいうのか。布をはいで、孔を暴いて、その熱く固い肉を鶴丸の中に突き入れる。

 

(ありえない……っ)

 

一期の摩羅も、まだ露わにはなっていない。しかし、布越しでもその大きさがよくわかった。長くて、太い。それが、もしかしたらこの中に入る。胎の奥にも、これなら。

 

「……っぁ、っ!」

 

ぞくりと、全身が戦慄いた。一期がにやりとした笑みを鶴丸に向ける。

 

「想像、しました? 貴方のココが、今ひくりと……確かに、私の先を食んだ」

「いちごぉ……っ」

「教えてください、鶴丸殿。貴方、もう……奥が、疼いてしまわれているのでは?」

 

一期の長い指が、つつと鶴丸のむき出しになった腹をなぞる。

 

「貴方は、愛らしくて……どうにも、いやらしい方だから」

 

とんとんと突かれれば、「そのとおり」と鶴丸ではなく胎内が甘く蠢いた。

 

「お願い、鶴丸殿……っ」

 

自分の方がよほど淫靡な表情を浮かべ、一期が鶴丸に請う。

大きな手は、さらに不躾だ。鶴丸の下着の紐を引っ張り、布地を払い落とし。力を失くした白い脚をおもむろに抱えあげる。

熱帯夜とはいえ、外気に晒された鶴丸の秘所が、驚いたと言わんばかりにひくついた。

かぁっと、今ばかりは純粋に羞恥で鶴丸の頬の朱が濃くなる。

それなのに、一期は容赦なく今度はその穴に指を這わせなどしてしまうのだ。

縁をなぞって、引っかいて。その動きは乳首を慰められたときに似ているから、どうしても同じような快感を錯覚してしまう。

時々つぷりと指先を埋められてしまえば、あの肉で貫かれる時のことまでも想像してしまう。

痛い、汚い、気持ち悪い。思うべきそういうことなんか、ちらとも脳裏に浮かんできてはくれなかった。

今まさに半端なところで鶴丸を嬲っているこの指が。これよりももっと長くて太くて固いものが。腹の奥に来るかもしれないという期待ばかりが、頭の中を駆けめぐる。

なんてはしたない存在に、自分はなり下がってしまったのだろう。

 

「い、いちっ……いちご、ぁ、あ、やめ……ぇっ!」

 

「おかしくなってしまえ」と言われたけれども、これ以上はもう恥ずかしくて恐ろしい。このままでは超えてはならない一線を踏み越えてしまうことは、鶴丸にもわかってきた。

だから、やめてくれ。そうして、鶴丸の身体を弄ぶのを。知らなかったはずの熱と快楽を、呼び起こすのを。

そう、みっともなく泣きじゃくって髪を振り乱して懇願しても、一期は笑みを深め指を奥へと進めるばかりだ。

 

「大丈夫です、鶴丸殿」

 

ぐちぐちといやらしい水音が響く中、一期が鶴丸に優しそうに囁く。

 

「母屋の皆は、すでに寝静まりました。この離れに近づくものはなく、私たち二人きりです」

「あっ、あ……っ、んぁっ」

「一緒におかしくなってしまいましょう、ね? 今夜の我々を知るものは、お互いだけだから」

「……ぅく、ん、でも……っ」

「あとは、そう。この暑苦しい夏の夜のせいにしてしまえばいい」

 

「だから」と熱い吐息と共にこぼして、一期の顔がぐしゃりと歪む。

いつの間にか露わにされていた彼の生の肉が、鶴丸の潤みきった秘所にぐちゅりと当てられた。

 

「私を、受け入れて……っ」

 

その懇願が、鶴丸の最後の理性と羞恥を叩き折る。

 

「一期……っ!」

 

鶴丸は、応えるかわりに口づけをねだった。

腕を一期の首に回し、舌を突き出して。

がぶりと唇ごと喰われた瞬間――ぐぷりと、とうとうそれが鶴丸の中に突き入れられた。

 

 

* * *

 

 

――ぐちゅり、ぐちゅ

 

「ひぃ……っ、あ、あぁっ」

 

暑い、熱い、苦しい――気持ち、イい。

最初はあまりの圧迫感に息も満足にできなくなっていた鶴丸も、今やただひたすら快楽に喘いでいる。

ゆっくりと押し入ってきた一期の陰茎、その想像以上の太さと固さにも、鶴丸の胎内はすっかり馴染んでしまっていた。

まるで誂えたかのように、ぴったりとすき間なくうずめられた熱を己の柔らかい肉が包んでいる。

ぐっぐと一期が腰を動かせば、切っ先のような摩羅の先が疼く奥を突いて、一等悦かった。

気持ちイいのは、胎の中ばかりでない。舌先で犯されている咥内も、指先で抓まれた乳首も。

一期は、鶴丸が望むように全身くまなく快楽を注いでくれている。

 

「……く、ぅ、っぁ」

 

一期もまた、気持ちよさそうに声を漏らしていた。それが、鶴丸をますます悦ばせる。

自分が彼で満たされているように、一期もまた鶴丸で快楽を得てくれていのだ。

それが、どうしてだかひどく幸せで仕方がない。

 

「いちごぉ」

 

甘ったるい声をあげながら、鶴丸は彼の身体に抱きついた。すっかり夜着を脱ぎ捨ててしまった自分と違い、一期の上半身はまだ部屋着を纏っている。それをすっかり剥いでしまったら、大きな火傷跡があるのを鶴丸は知っていた。

風呂場で何度か見かけたソレに――今度は、こうして褥で触れてみたい。

そんな欲がぷかりと湧いては、次の快楽でぱちんと弾けて消えていく。

 

「ん……んんっ、んぁ」

 

一期の摩羅は、最初の不躾が嘘のように鶴丸の胎内では大人しい。まるで赤子を撫でるかのように、鶴丸の胎の裏側をゆっくりと丁寧に――あるいは、恐る恐る撫でていく。

それでも、時折は激しく小刻みに奥を穿とうとするから。鶴丸は、「君こそ、半端はよせよ」と一期の腰に素の脚を絡めた。

 

「好きに……んぁっ、も、動いて、くれ」

「しかし……っ」

「一緒に、おかしくなろうって、言ってくれたのはっ、あんっ、君じゃないか……っ!」

「……っ、くそっ!」

 

普段の彼には、全く似つかわしくないひどい言葉。そんなものを吐き出して、一期は鶴丸の細い腰を思い切り強く掴んだ。

 

「ひぎ……っぁ、ぁ」

 

ズルズルと、容赦なく胎内に収まっていた陰茎が引き抜かれ――そして、勢いよく奥に叩きこまれた。

 

「んぁぁぁああっ!」

 

どんっと敏感なところを貫かれて、鶴丸が啼き叫ぶ。びりびりと頭からつま先まで、快楽が一気に芯を駆け抜けていった。

その余韻に浸る間もなく、一期はさらに激しく鶴丸の中を穿っていく。

「あんっ、あ、ああぁっ!」

好きにしろと言った手前、もちろん鶴丸が一期を咎めることができない。けれども、こんなのは予想外だ。今までだって何度も耐えられないと思ったのに、そのどれよりも勝るこんな責め苦のような快楽があるだなんて。

 

「んぁっ、ひゃぁっ、あ、おくっ、奥が、中、が……っあ、ごちゅごちゅっ、てぇ……っ!」

 

あれだけ鶴丸の中を満たしていた暑くて固くて太い一期の陰茎が、奥を手前を上を下を全てを勢いよく犯していく。

 

「きもち、い……っあ、あぁっ、気持ちひぃ……っ!」

 

一期がもたらす悦楽は鶴丸の全てに染みわたり、それでいて決して満足を与えてくれない。

まるで、最初の虫の毒のようだ。気持ちよくなればなるほど、快楽への飢えが湧きあがる。さらにたちの悪いことに、この快感は比べものにならないほど深く激しく病みつきになるのだ。

 

「あんっ、あ、いちご、いちごぉ……っ、きみのまら、摩羅が、熱くて固くて気持ちよくて……っあ、あ、もっと、くれぇ……っ!」

 

己を抱く刀に言われたとおりに、鶴丸は一切の羞恥を捨てて善がりくるう。一期に負けじと自ら腰を振りたくり、ぐりぐりと奥へとねじ込んだ。

 

「あっ、あぅ、う、イい……っ」

「……っ、くぁっ、鶴丸ど、の……っ、あ、出る……っ!」

「や、やらぁあっ!」

 

一期の言葉に、鶴丸は必死になって胎内をきつく締めた。

 

「やだ、いち。一期、俺の中から出ていくな……っ!」

 

だって、こんなに気持ちがイいのに。奥を穿たれるたびに、中を滾ったもので擦られるたびに、快楽は天井知らずに増すばかりなのに。

そう、まだ鶴丸はこの享楽の峠なんて見えていないのだ。もっと、もっともっと一期で一期と気持ちよくなりたい。

 

「いっしょ……っ、一緒に、おかしくなるって、いちご……んぁっ、あ」

 

咎めるように、もう一度腰にきつく脚を絡める。胎にも再び力を籠めれば、一期が「くっ」と啼いた。

 

「わかり、ました。鶴丸殿……っ」

「いちごぉ」

「一緒に、イきましょう、ね……?」

「うん……っ、あ、きゃぅ、あぁっ、ああぁぁああっ!!」

 

ぶわりと、一期の肉が鶴丸の中で膨れあがる。敏感な中を圧され、それでもなお、擦られ、奥を穿たれ。そういったことが快楽と共に嵐のような勢いで鶴丸に襲いかかる。

 

「あうっ、あ、あぁぁっ、やんっ、あ、あぁっ!」

 

苦しい、狂うほどに。それでも、鶴丸の心を占めたのは悦びと充足感の方だった。

快楽の星が、チカチカと視界に瞬く。

 

「鶴丸殿……っ、あ、イく、貴方の中で……っ!」

「いちっ、いちご、いち、あぅ、あっ、あぁぁ、あ……っ!」

 

一期の摩羅が、鶴丸の奥にぶち当たる。熱くてどろりとしたものが、胎内へと吐き出されていく。

 

「あはっ、あ、あぁぁっ、あ……ぁあっ」

 

それにつられるように、鶴丸もまた肉の先端から白いものを一期へと吐き出した。

 

 

* * *

 

 

――目を覚ますと、障子越しでも日の光はすっかり眩かった。

寝過ごして、昼にでもなってしまっただろうか。鶴丸はそう案じて、すぐに頭を振る。

だって、まだ光忠が来ていない。優しくも厳しいあの年下の刀は、鶴丸に三食きっちり食べさそうと何があっても起こしにかかるのだから。

 

「……」

 

まだ少しぼうとする頭であたりを見渡せば、なんてことのないいつもの自分の部屋だった。

夜着もきっちり身に着け、布団は少しも乱れていることがない。

 

「……」

 

鶴丸は、そっと襟を割って胸元を覗いた。

何のためについているのか今一つ分からない乳首は、実に大人しくつつましい姿で今日もちょこんと胸先にくっついている。

 

「……」

 

鶴丸は、今度は姿見の前へと向かった。掛け布を払って鏡面に映し出したのは、首元だ。相変わらず憎らしいほど白いその肌に、微かだが朱の斑点がいくつか散っている。

――その時、トンと障子戸を叩くものがあった。

 

「もし、お目覚めでしょうか?」

「……あぁ」

「朝餉を、お持ちしました」

 

静かに戸を開け入ってきたのは、一期一振だ。

 

「なんだい、今日は君か」

「はい。燭台切殿も大倶利伽羅殿も、今朝から遠征に出られておりまして」

「……そうだったか、な」

「お二人とも、鶴丸殿のなつばてを心配されていましたよ」

「そうか、あまり気苦労をかけるつもりはなかったんだがなぁ」

「……食欲は、おありですか? まずは、白湯でもいかがでしょう」

 

弟たちよりは少し危うい手つきで膳を整え、それでも甲斐甲斐しく鶴丸に湯呑を差し出す一期の表情は柔らかい。初夏の空のような彼の髪のごとく、実に爽やかだ。

だからこそ、鶴丸は一向にこの朝が気にくわなかった。

乱暴に一期から湯呑をひったくると、冷めていたのをいいことにぐいぐいと飲み干す。

それをまたがさつにダンッと畳に置けば、一期がたしなめる――ことなく、不安げに鶴丸の顔を覗きこんだ。

 

「いったい、どうなされたのです? ……まさか、どこかお加減が」

「悪い」

 

ふいとそっぽを向いたまま、鶴丸はぴしゃりと一言を投じた。

 

「今朝から、まったくもって気分が悪い」

「それ、は……」

 

一期の顔が、見る間に青ざめる。それを見て、鶴丸はますます腹の中が収まらなくなってきた。

後ずさろうとするその手首を、ぐいと力強く掴む。

 

「君、このまま昨夜をなかったことにするつもりだっただろう」

「いや、だって……」

「夏の夜の夢にでもすれば、忘れられると思ったか? 生憎、俺は全てまるっと覚えているぞ」

 

鶴丸は、和紙でやわらいだ盛夏の光に己の胸元を晒した。

 

「ここを妙な虫に刺されて、君に毒を吸い出してくれと頼んで」

 

自分の指先で乳首を抓んでも、今はどうということもない。ただ、一期が青い顔を今度は朱に染めながら胸元を凝視しているのが、なんかこそばゆかった。

 

「君は、もっとそれ以上のことをシてくれて……なぁ、あれは人でいう『まぐわい』というやつだろう」

 

朝になって、素面でしばらく考えて。それで、ようやく思い出したのだ。

子をなすため。いや、それ以上に、互いの情を確かめ刷りこむため。人が己の身体を重ねあうことを。

昨夜、あの忘れがたき狂乱の中で自分と一期が興じたものは。

 

「……虫の毒を鎮めるというには、アレは」

「据え膳食わぬは、男の恥でしょうが!」

 

今度は、一期が勢いよく拳を畳に叩きつける。

 

「……ましてや」

 

その金の目が、ぎろりと不穏に光った。

 

「欲を覚える身になる前から、ずっと好ましく想っていた方が。あ、あんな、いやらしい姿で!」

「お、俺は、あの時はそんなつもりなんてちっとも……っ」

「乳首を吸うてくれと最初にけしかけたのは、鶴丸殿です!」

「うわぁぁああああっ、やめてくれぇぇえっ!」

 

全てを覚えているから、当然あのとんでもない発言を鶴丸は忘れていなかった。

一期の言う通り、全ての元凶はこの鶴丸にある。わかっているからこそ、彼から改めて指摘されるのがいたたまれないのだ。

慌てて一期の口を塞ぎにかかった鶴丸の手は、今度は一期の方にしっかりと掴まれてしまった。

 

「鶴丸殿」

 

一期が、真剣な面持ちで間近の鶴丸を見つめる。

 

「それでも……貴方に無体を働いてしまったのは、この一期の咎です」

「君……」

「どんなお叱りも、罰も受けます。だから、私の気持ちだけは見誤らんでいただきたい」

「一期」

「全て、貴方をお慕いしているからなのです。辱める意図は欠片もなく、ただ、苦しんでいる鶴丸殿をお慰めしたくて……っ」

 

一期のもう片方の手が、鶴丸に延ばされる。しかし、頬に触れる寸前で彼は止めてしまった。

 

「はは。これも、聞き苦しい言い訳にすぎませんな」

 

一期は、力なく笑った。

 

「こちらに利があるのをいいことに、鶴丸殿に不埒を働いた罰です。刀解でも何でも、潔く受けましょう」

「……それなら、一生をかけて俺を慰めてくれ」

 

鶴丸は、一期の手をぎゅうと握りしめかえす。

 

「虫に刺されたところも、もう痒くない。頭だって、素面に戻っているのに……昨日のアレが、忘れられないんだ」

「鶴丸殿……?」

「忘れるわけないだろ、あんな……あんな、気持ちのイいことっ」

 

胸先や咥内を嬲られることも、太くて固い摩羅で胎内を擦られることも。

勢いよく、奥を穿たれることも。

一期から与えらえた悦楽を欠片でも思い出せば、すぐにあらぬところが疼きはじめる体たらくだ。

自分を、こんなはしたない身と心に変えた罰が欲しいというのなら。

 

「責任とって、またアレをやってくれ。君で……一期で、気持ちヨくしてくれ」

 

鶴丸は真っ赤に染まった自分を隠そうと、一期の胸元に抱きつく。

返事が言葉となる前に、一期の腕が今度こそ鶴丸に回って――夏だというのに、あたりにパッと桜の花が舞い散った。

bottom of page